第131話 がっちりセキュリティ

「やっと着いたな……」


 十七時、本日宿泊するホテルに到着。今日は朝も早く、移動が多く、レジャーなしで一日中真面目に勉強していたのだ。真咲ちゃんだけでなく、疲れた顔をしている人は多い。


 九十九くんですら例外ではなく、心なしかなんだか眠そうだ。


「そんなに見なくても、もう大丈夫だと思うよ?」


 九十九くんを見ていたら、結季ちゃんからそんな風に声をかけられた。


 最後に行ったガマの中で足を滑らせ九十九くんにキャッチしてもらい、びっくりした私は反射的に彼の顔に掌底を叩き込んだりしたけれど、別にそのことで見ていたわけではない。


 もう鼻血も止まったようだし、何度も謝った。バスの中で、お返しに私のことも叩いて欲しいと伝えたらしっかりデコピンを返されたし、水に流してもらえただろう。


「そんなことより、早く移動しよ」


「あたしも賛成だ。あー、腹減った」


 事前に送っておいた着替えなどの大きい荷物を受け取り、部屋に移動する。部屋は狭いツインをたくさん借りる方針のようだった。


 私の相部屋は一条さん。決めた時は九十九くんと距離を置くよう言われた直後だったので戦々恐々としたものだけど、今ではしっかり者の彼女と一緒で安心しているのだから世の中何があるか分からない。


「もうすぐ室長会議だっけ」


「ええ。でも十八時から夕食だから、すぐ終わるわよ」


「真咲ちゃんの方行ってていい?」


「いいけど、それなら鍵は私が持っていくから。閉め出されたくないなら連絡は取れるようにしておきなさい」


「はーい」


 やはり彼女と一緒でよかった。頼り過ぎは良くないので私も支えるつもりではいるけれど、甘えられる部分は甘えてしまおうと思う。


 真咲ちゃんの部屋に行く途中、室長会議へ向かう結季ちゃんを見送り、それから部屋にお邪魔させてもらう。


「おう。まあ寛いでけ」


「では、遠慮なく」


「おい。わざわざこっち来なくていいだろ」


 真咲ちゃんは私を部屋に入れると早々にベッドに寝転んだので、私も同じベッドに入る。


 ついでに腕を枕にさせてもらったけど、真咲ちゃんは狭え、と文句は言いつつも振り解きはしなかった。


「あ、やべえ。寝そう」


「夕飯までには起こすよ」


「お前も寝そうだろ。結季のやつ鍵置いてったから、二人とも寝たら終わりだぞ」


 ああ、それはまずい。でも真咲ちゃんの腕枕。抗えない。


「あとはよろしく」


「バカ、おまっ、このまま寝られたらあたしも鍵開けに行けねえだろ! ちょっ、結季! 早く帰ってきてくれ! 結季ー!」


 最後に聞こえたのはそんな悲鳴だったような気がする。そこから一瞬、というほど短い時間ではなかったけれど、私の感覚では一瞬、意識が途切れた。


 頭に軽い衝撃があって目を覚ます。周囲には、疲れた顔の真咲ちゃん、呆れた一条さん、怒ったように頬を膨らませる結季ちゃん。


 経緯は伝わっているらしい。真咲ちゃんの腕枕は結季ちゃんに取られてしまった。


「あたしまたこの役割かよ……」


 なんだかんだ言いながら、真咲ちゃんも満更ではない。もちろん結季ちゃんは満面の笑み。至福といった様相だ。


「一条さん」


「やらないわよ」


「なら、私の腕を」


「遠慮しておくわ」


 冷たい。



−−−



 夕食はホテル内のレストランでビュッフェ。その後、三線バンドによる民謡ライブ。それらイベントを無事消化し、部屋に戻ってほっと一息。


「はぁ、密度の濃い一日だったわ」


「お疲れ様、一条さん。ゆっくり休んでね。明日の朝のビュッフェも、また私が料理持ってきてあげるからね。マッサージしようか?」


「いらないわ、両方とも。あなたに任せると子ども向けコーナーの料理も混ぜるんだもの」


 お疲れの一条さんに申し出てみたら任せてもらえたので、夕飯のビュッフェでは料理を選んで持っていってあげたのだけど、満足いただけなかったようだ。


 ハンバーグや唐揚げが嫌いな人はいないと思ったのだけど。沖縄要素が海ぶどうやゴーヤーチャンプルーだけでは薄かっただろうか。


「そういえば、お風呂だけど」


「先入っていいわよ」


 お風呂は部屋備え付けのもので各々済ませるように言われていた。大浴場はあるけど有料らしい。費用もかさむし、貸し切りではないので、クラスごとに時間を分けても混雑してしまうためだとか。


「一緒に入る?」


「早く行きなさい」


 少しずつ一条さんと打ち解けてきて、いろいろな感情を素直に見せてくれるようになったのは嬉しいのだけど、こういう素っ気ない態度も出されてしまう。


 だけど、嫌われてはいない。せっかくの修学旅行だ。もう少しだけ踏み込んでみよう。


 私がお風呂を上がって、入れ違いで一条さんが入り、シャワー音が聞こえてくるまでじっくり待った後。


「一条さん、お背中流しに――」


 ガチッ、とドアノブが引っかかる音と強い抵抗。鍵、かかってました。それはそうか。

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