第121話 幕開け
文化祭一日目。私達の出番は午後からだ。もちろん準備等はあるのだけど、一応午前中は皆、各々自由に過ごす事ができる。
私は去年と同様、いつもの三人で散策する。ただ、今日は行動開始直後から結季ちゃんの機嫌が悪かった。
「わたしがクラスのために一生懸命働いてる間にニノマエくんといろいろあったみたいだね、二人とも」
視線が厳しくて震え上がってしまいそう。確かに結季ちゃんも心配してくれていたのに、仲間はずれのような状況になってしまっていたかも。
真咲ちゃんなんかは、干渉しすぎないようにと言い含めていた事もあって余計に気まずそうだ。
「悪かったよ。流石にちょっと放っておいても解決しなさそうだったからさあ」
「わたしのことは止めるのに」
「悪かったって」
頬を膨らませて拗ねる結季ちゃんがかわいい。私も拗ねさせている要因だけど。
「でも私は明日の約束をしたくらいだけど」
「そのせいで明日は一緒にいられないんだから、今日は目一杯楽しませてくれなきゃダメだからね」
こんなに可愛らしく拗ねられてしまうと、反省より甘やかしたい気持ちが強くなってしまう。
精一杯もてなそうね、と真咲ちゃんにアイコンタクトを送った。
ダメだ。あれは「あたしは明日も空いてるから今日はお前が頑張れ」の顔だ。
「ほら、まずはアトラクション系からだよ。今日中に回れるだけ回るんだからね」
結季ちゃんに手を引かれながら、私達の文化祭が始まった。
結季ちゃんの機嫌は早いうちに直ってくれたようで、買ったばかりのカラフルなわたあめを食べていると劇の内容について話を振られた。
「二人はどう? クラスの演劇、関係者としてじゃなくて客観的に」
「クオリティは高いと思うよ」
「そうじゃなくて」
自信を持って答えたのに、何か間違えていたらしい。わかる? と真咲ちゃんに視線を送ると、意を汲んでくれる。
「主人公側の気持ちは、分からんでもねえかな。本当の自分に気づいて、認めてくれるのが嬉しいみてえな」
「本当は少女趣味な所とか?」
「余計な事を言うのはこの口か?」
失言だった。口元にわたあめを押し付けられてしまう。ベタベタする。でもお陰でようやく理解できた。内容に関しての感想を求められているのだ。
「でも真咲ちゃん、前に貰ったラブレター破いてたけど、あの人は駄目だったの?」
「軟弱者は好かん」
結季ちゃんの言葉で私も思い出す。そういえば、前にそんな事もあったな。返事も手紙で指定の場所に返すよう要求されて酷く憤慨していたっけ。
男なら直接ぶつかってこい! と怒っていたので、無視を決め込む真咲ちゃんの代わりに私が手紙を書いてそれを伝えたら、本当に直接言いに来て玉砕していた。
きちんと区切りをつけられて良かったと、お相手の方からは感謝されたけれど。勝手に返事をしたことを、真咲ちゃんには酷く叱られたな。
「結季はどうなんだよ、うちの劇。少女漫画とか好きだったろ?」
「う〜ん、ちょっとベタかなとは思うけど、でも好きだよ。ヒロインが自分の恋心に気づくシーンとか、ドキドキしちゃうよね」
ああ、確かに結季ちゃんが好きそうなシーンだった。私も素敵だと思うけれど、あんな感覚を味わったことはない。恋をしたらこんな風に感じるんだな、なんてぼんやり思った記憶がある。
一透ちゃんはあのシーンどう? と聞かれたので、そのまま答えたら酷く残念そうな顔をされた。
「あたしは時々あいつが不憫だよ」
「向こうも向こうだけどね」
誰の話だろう。聞いてみても誤魔化すばかりで二人は答えてくれなかった。それよりも、あのシーンといえば。
「私あのシーンとか、それ以外にもあまり練習で見れてないシーンがあった気がするんだけど、大事なシーンだよね?」
「だからこそ、らしいぞ。変に演技にこなれちまうと新鮮味が消えてわざとらしくなるから、甘い台詞とかは暗記はさせても練習は最低限しかさせないようにしてんだとさ」
なるほど。思い返してみれば、他のシーンよりも真に迫った演技だったように思う。あれは、恋愛の演技に対する照れくささや恥ずかしさが消えきらないのが逆に本気っぽく見せていたのだ。
「相沢さん、意外に策略家だよね。あの格好の意味はよく分からないけど」
「あれはあたしにも分からん」
二人にも分からなかったらしい。私だけではなかったようだ。
最後にはハンチング帽までかぶりだしたのに誰も突っ込まないから、私にしか見えていないのではないかとまで思っていたのに。
文化祭を満喫しきった私達がクラスに合流した時、迎えたのもその相沢さんだった。
よかった。また何か増えていたらどうしようと思っていたけど、流石にこれ以上は増えないらしい。
「あんた達もうギリギリだからね! スタンバイ急ぐ!」
急かされるようにスタンバイに入る。真咲ちゃんは着替えから。私は道具の運び出し準備。結季ちゃんは指示出しだ。
前の舞台との入れ替えはなるべくスムーズに行わなければならない。もちろんある程度の余裕は持たせてもらっているけれど、早く済む方が演者達の心の準備の時間も多く取れる。
すぐにでも動き出せるよう、万全の体制でGOサインを待つ私達。前方、大道具に手を添えて待機する九十九くんが目に入る。
彼は去年、ほとんど文化祭に参加していなかった。今年はちゃんと楽しめているだろうか。今日はどう過ごしていたのだろう。明日は一緒に、どう過ごそう。
舞台に集中しなければいけないのに、やはり彼が視界に入ると彼のことばかり考えてしまうな。
「舞台空きました! 運び出しお願いします」
指示が飛んで意識が引き締まる。彼のことは後。まずは今日、眼の前の舞台を成功させるんだ。
−−−
舞台裏。閉じた幕の向こうから観客たちのざわめきが聞こえてくる。舞台上へのセッティングは終えた。皆、今か今かと、開始のブザーを待ち構えている。
私達の一ヶ月。夏休みから動いている人達は二ヶ月。出し物が演劇に決まってからずっと脚本と向き合ってきた相沢さんは、もっと。
それがたった数十分の舞台で終わってしまう。本番への緊張感と終わりが近い寂寥感に満ちた空気。
嫌いではない。だけど演者の人達にはプレッシャーにもなっていそう。掌に書いた人の文字を飲み込む人や、床を睨みながら台詞を反芻する人もいる。
何か声を掛けた方がいいだろうかと思うものの、頑張れ、も大丈夫、も届かない気がして、言葉が見つからない。そんな時、声を上げたのは一番この舞台に向き合ってきた相沢さんだった。
「さあ行きなさい! 演劇部の奴らに見せつけて、私の未来を切り開くのよ!」
途端、空気が少し弛緩する。
「クラス皆の出し物だぞー!」
「あまり大きなもの背負わせないでよ! プレッシャーになるじゃん」
そんな野次があちこちから飛んでくる。文句ばかりだけど、口調は軽く皆にこやかだ。緊張はもうすっかり解けているみたい。
「あんた達は大丈夫! 誰より見てきた私が言うんだから、大丈夫に決まってるでしょ!」
そして、裏表のない彼女の言葉で背中を押されたから。相沢さんが立てた親指に同じポーズを返す皆の中に、俯いている人なんてもう一人も居なかった。
鳴り響くブザー。私達の舞台の、幕が上がる。
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