第101話 私である理由

 班の組分けは明日の午後。悠長に悩んでいる暇はない。どうしたらいいかは分からないけれど、相談するところからでも動き出さなければいけない。


「どうしたらいいかな」


 昼休み、いつものように一緒に食事をとる二人に相談すると、二人揃って渋面を作った。


「一条か……またクセの強いやつに目をつけられたな、ニノマエも」


 憐れむような声だけど、真咲ちゃんの声はさほど深刻そうには聞こえない。一条さんには悪意や害意があるわけではなかった。真咲ちゃんもそれを分かっているのだろう。


「わたしは言ってることは最もだと思うけど」


「まあな。ちょっと一方的過ぎる気もするが。一条あいつ、見た目の幼さに救われてるとこあるだろ。あの物言いで見た目も威圧感あったらもっと敵ができそうだしな」


「一条さん、小さくてかわいいよね」


「結季ちゃんもあまり変わらないと思うけど」


 わたしの事はいいの、と頬を膨らまされる。余計なことを言ってしまった。


「それで、一透ちゃんはどうするの? 大人しく引くの?」


 どうするのかは、何を選べばどうなるのかが想像できないと選びようがない。


「九十九くんにとっては、どうした方がいいかな」


 私と一緒の方がいいと自信を持って言えるのなら、そう言うけれど。一条さんたちと一緒の方が九十九くんの為になるのなら、身を引いた方がいいだろう。


 私の不安は、置いといて。


「それはニノマエくんが決めることだよ。一透ちゃんはどうしたいの?」


 だけど、結季ちゃんはそう言う。私にとってそれは、切り離すことは出来ないものなのだけれど。


「一緒にまわりたい。同じ班がいい。だけど、それが私一人の我儘なら、無理に押し通したくもないよ」


「なら誘ったら? 向こうも一透ちゃんも誘って、ニノマエくんが自分で選ぶなら、一透ちゃん一人の我儘にはならないし、どっちも文句はないでしょ」


 九十九くんが自分で選んだということを言い訳にして、それでいいって、九十九くんにとって本当に良いことなのかどうかを考えないでいるのは嫌だけど。ちゃんと選んだことがどういう結果になるのか考えたいけど。


 だけど、そうだ。それは、私一人で決めることじゃあなかった。


「いいの? 結季ちゃん」


 でも九十九くんを班に入れるのは、結季ちゃんが嫌ではないかと思ったのだけれど。


「嫌」


「おい、結季」


 ちゃんとそれは嫌みたいだった。自分でけしかけたんだろ、と優しく声をかける真咲ちゃんから顔を背けて固く唇を結んでいる。


「……嫌だけど、せっかくの修学旅行で一透ちゃんが暗い顔してる方が嫌だから、荷物持ち一人くらい、許してあげる」


 それでも、そう言ってくれた。そうだった。結季ちゃんは九十九くんと折り合いがつかないらしく、いつも嫌そうな顔はするけれど、本気で拒絶したことは一度もなかった。


 いつもなんだかんだと言い訳をつけて許してくれるのだ。


「うん。ありがとう。それじゃあ、誘ってみるね」


「あと一人も探しとかなきゃな」


「ニノマエくんが一条さんを選べば、二人だけどね」


「ねえと思うけどな、それは」


 真咲ちゃんは分かりきったように笑うけれど、それも覚悟しておかなければ。一条さんの提示するメリットは九十九くんが喜ぶものではなかったけれど、きっと彼とその周囲の環境のためになることだ。そちらを選ぶ可能性も、十分にある。


「ねえ、一透ちゃん。前に聞いたこと、覚えてる?」


 覚悟を固めようとしていると突然、結季ちゃんは神妙な顔で聞いてきた。どれのことだろうか。何気なく交わした会話ではなく、改まって話した内容なのだろうということは、その顔でわかるけれど。


「一透ちゃんの、ニノマエくんへの気持ち。恋心と矛盾するの? って」


 そう聞いて、思い出す。バレンタインのチョコレートを作った日、結季ちゃんに聞かれた。しばらくそれを気にしていたのに、冬紗先輩のことがあってから、目を離したくない、側に居なければって、そればかりで頭が一杯になって忘れてしまっていた。


「結季」


「分かってるよ、真咲ちゃん。でもこれは、大事な話」


 あの時もそっと見守ることを選択してくれた真咲ちゃんが優しく制止しようとするが、結季ちゃんは止まらなかった。


「一透ちゃんの気持ちが何であれ、今回みたいなことは、きっとこれからもあるよ」


 今回みたいなことがどんなことかは、口にされなくても、なぜだか伝わった。九十九くんが。私が。選ばなければならなくなること。


「うん」


「誰でもね、自分の全部を全員にあげることは出来ないの。人に用意してあげられる席には限りがあるし、複数人用の席もあれば、一人用のものもあるの」


「うん」


 私の返事が、小さくなってしまう。分かっている、つもりではいるのだ。だって、だから私は、自分の全部を冬紗先輩に捧げる進藤くんと同じ場所には行けなかった。冬紗先輩にとってのその席は、進藤くんのものだったから。


 でも、九十九くんには。進藤くんが先輩にそうしたみたいに、私も九十九くんに、って、そう思ったはずなのに。


「ニノマエくんに求めるのが別のことだったら、何も言わなかったんだけどね。一透ちゃんが言ったから。側に居たい、頼りにして欲しい、足りない部分を埋めてあげたい、って」


「うん」


「多分彼にそうしてあげられる人の席は、何人も座れる場所じゃないよ。一条さんがそこを狙ってるかどうかは分からないし、一透ちゃんの気持ちが恋心かどうかも分からないけど。どちらであっても、どちらでもなくても。誰かに取られちゃったら、もう間に合わないんだよ」


「……うん」


 分かっている、つもりでいたのに。私はいつも考えが足りない。どうしたら自分がそうなれるかということばかり気にして、他の人と取り合うことになるかもなんて、考えもしなかった。


 他の人が彼の足りない部分を埋めて、辛いことも悲しいことも分かち合えるようになって、私はもう、彼に必要ないってなったら。


 その時私は、どうするのだろう。


「一回しかない修学旅行だもん。我儘言っていいんだよ。勝負して負けちゃうことも、あるかも知れないけど。自分から譲って泣いちゃう一透ちゃんなんて、わたし見たくないからね」


「うん。ありがとう、結季ちゃん」


 改まってお礼を言うと、結季ちゃんは早く食べちゃお、と照れを隠すようにお弁当をつつく。真咲ちゃんも、不安なときはちゃんと頼れと言ってくれる。


 いつも、いつも。考えが足りない私を、周りの誰かが埋めてくれる。結季ちゃんも、真咲ちゃんも、九十九くんも。


 一人では何も出来ない、不完全な私。みんながそれを、埋めてくれるみたいに。彼の欠けたところを埋めてあげられる人の席。それは、どんな居場所だろうか。


 他の人ではなく、私が。そう言っても、いいのだろうか。どうすれば、そう言えるのかな。

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