第97話 分かっているくせに

 翌日、土曜日。いつものように、お昼すぎに九十九くんのお家にお邪魔させてもらう。


 彼が塞ぎ込んでいた時はあちこち連れ出したけれど、外で遊ぶとなんだかんだお金がかかるので、お家にお邪魔させて貰えるのはありがたい。


 最初の一回目、九十九くんは普段通りに生活できていることを見せて、もう大丈夫だと伝えるためにお家に呼んでくれたのだろう。私を安心させるために。


 と、いうことには、あとになって気がついた。まさかそれから何度も押し掛けられることになるとは思っていなかっただろうな。


 一応、こちらも向こうがあまり気を遣いすぎなくて済むように、お昼すぎに行って夜までには帰るようにしている。食事とか入浴とか、生活の基盤にまで入り込まないように。


 今日もお茶を淹れてくれる九十九くんを置いて先に部屋へと上がる。今日はどうしようか。まだ読んでいない本を借りて読むか、ゲームをしてもらってそれを見るか。そろそろ新しい行動を開拓してみてもいいかもしれない。


「どうかしたか」


 うーん、と悩んでいると、九十九くんが部屋に戻ってくる。お茶を受け取って一口。喉を潤す。


「そろそろ、本やゲーム以外の選択肢もあった方がいいかなって」


「家には何もないぞ。映画でも借りてくるか?」


 映画。それもいいかもしれない。お金がかからないように、とここを選んでいるのだけど、たまにはいいだろう。


「今度、何か借りてくるね。何がいい?」


「今日はいいのか」


「外出るの、面倒臭くなっちゃった」


 九十九くんは、呆れながらもノートパソコンを持ってきて、レンタルビデオ店のサイトを開いてくれる。


 私も覗き込んで確認するけれど、普段からアンテナを張っている訳では無いので、ピンとくるものはない。九十九くんも同様のようだ。


 しばらく見ていたら、最近の作品ではないけれど、読んだことがある小説が原作の映画が数本あったので、それをチェックしておいた。


「借りてくる時は言え」


「お金なら大丈夫だよ。私、アルバイト始めるつもりだから」


「出さなくていい理由にならないだろ。……バイト?」


 適当に流しておくけれど、どうせ、その時になったら意地でもお金を出そうとするのだろうな。


「カメラ。ちゃんとしたの買いたくて」


「……大丈夫か?」


 私が彼を心配するように、彼も私を心配してくれている。


「大丈夫。無理してないよ。そうしたいから、そうするの」


 撮影技術も伸ばす。機材も良いものを使う。全部妥協せず、また会えたなら、今度こそ。


「こだわろうと思ったら、結構するだろ」


 先輩のこと。気にしすぎていないか心配してくれているのだと思ったけれど、値段の話だった。いや、今の私の返事でその心配が要らなくなったからそう言うのだろうか。


 そういえば、値段や機種のことはまだ調べていなかったな。そんな考えを表情から読み取ったのだろう。レンタルビデオ店のサイトからネットショッピングのサイトに移り、検索してくれる。ええと。


「にじゅ……」


「まあこれは、高い方だけどな」


 今のところ、放課後や休日の全てをあてがうような計画は立てていない。週四日程度で程々に働く予定だ。


 仮に、平日に三日、放課後の四時間と、週末どちらか一日に八時間働いたとして。時給を千円でざっくり計算すれば、丁度週に二万円。月に八万円。全部貯金したとしても、


「三ヶ月分……」


 高いというのは知っていた。知っていたけれど、ちょっと意識が遠くなりそうだ。クラクラしてきた。


「先輩も、多分ミラーレスだっただろ。小型で初心者向けのなら、半分もあれば買える」


 九十九くんが画面を切り替える。それでも、安くても丸々ひと月分は必要になる額だ。私はあまりお金を使う方ではないけれど、それでも稼ぎをいきなり全額放り込むことは出来ない。


 二ヶ月は掛かりそうだ。もし週末を九十九くんと過ごすために空けるなら、さらにもうひと月以上。


「この安いのでも、上手く撮れるかな」


「お前の撮りたい先輩のイメージも抽象的だろうし、俺も詳しくはない。必要なスペックは、進藤に相談した方がいいだろうな」


 進藤くんか。あの兄弟子は、この件になるとちょっと意地が悪くなる。勝負相手なのだから文句を言う筋合いはないけれど、あまり気は進まない。


「九十九くんは、どれがいいと思う?」


「スマホでいいと思う」


「九十九くん?」


 安易に九十九くんに逃げたのは悪いと思うけれど、ここに来てそれはないと思う。と、じとりとした目を向けたけれど、ちゃんと考えがあるらしい。


「一眼カメラは、レンズを付け替えることでいろいろな撮り方が出来るのが魅力だろ。静物はともかく、人物を撮るなら、必ずしもお前に必要なものじゃない」


「どうして?」


「どう写すかよりも、どんな顔をさせるかが重要だからだ」


 どんな顔をさせるか。これまでに見てきた、いろんな冬紗先輩の顔が脳裏に浮かぶ。


「先輩の原点になった写真だって。俺は見せてもらったわけじゃないが、解像度や画角みたいな、カメラ性能が魅力の理由になっているわけじゃ、ないと思う」


 私は、見せてもらった。きっとあれはペンダントに入れるためにリサイズされたものだったと思うけれど。それでも色褪せない魅力があったのは、確かに、そういう理由ではないように見えた。


「先輩のお兄さんが、先輩の素敵な表情を引き出すのが上手だったから、なのかな」


「……先輩にとって、そういう自分を曝け出せる相手が、その人だったんだろ」


 あぁ、そっか。だから進藤くんは、先輩にとってそういう相手になろうとしているんだ。


「……私、やっぱり、カメラは買うよ。冬紗先輩のこともだけど、九十九くんや結季ちゃん達との思い出も、たくさん残していきたいから」


 だからきっと、無駄にならない。先輩と同じようにカメラを持って、いろんな被写体に触れれば、きっと先輩の気持ちも今より分かる。そうしたら、先輩にとっても、自分を見せられる相手に近づける。


 そして、先輩が私や進藤くんにそうしてくれたみたいに。私も、九十九くんや結季ちゃんや真咲ちゃんの素敵なところを、見つけ出せるようになれる。きっと、なれるはずだ。


「そうか」


「うん。だから、九十九くんも、私にもっと、曝け出していいからね」


 君が抱えているもの。綺麗なだけじゃない部分。全部。


「部屋にまであげてるのに、これ以上か」


「そういうことじゃないよ」


 分かっているくせに。

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