私の隣は、心が見えない男の子
不安ベッタリ新年度
第95話 進級しました
九十九に一を足したら、百になる。
当たり前のことだ。その当たり前に、なんの意味があるのか。
九十九、と聞くと。あるいは、見ると。惜しいな、と思うことはないだろうか。あと一なのに、きりが悪いな、なんて感じたことはないだろうか。
では、九十九は不完全な数字なのだろうか。あと少し満ち足りない不十分なものという意味があるのだろうか。
おそらく、ない。少なくとも、私が調べた限りでは無かった。
では逆に、百はどうだろうか。百に「完全」やそれに類する意味合いがあるのだろうか。だから九十九が、今ひとつ足りないように感じてしまうのだろうか。
これも、ない。私が調べた限りでは、そんな意味合いは無かった。
九十九にも百にも、数が多い、という意味ならば存在していた。差は、数字上、九十九の次が百であり、間に一があるというだけ。
意味が変わらないのであれば、それでは足された一は何だったのか。九十九に一を足すというのは、内実を伴わず、多数にただ大した意味もない小さなものを紛れ込ませる、ただそれだけのことなのだろうか。
「どう思う?
「知らん」
長々と話したこちらが恥ずかしくなるくらい、同じクラスの男子、九十九
−−−
四月になって私達は進級し、二年生になった。奇跡的に、私、九十九くん、結季ちゃん、真咲ちゃんが同じクラスだ。他に前と同じクラスだったのは、相沢さんくらいか。
進藤くんは去年からの想定どおり、理系クラスに進級したため別のクラスだ。だけど、予想通り時折気まぐれに現れるので、あまり寂しいとは感じていない。
私は同じクラスになれてこれ幸いと、毎日のように九十九くんに話しかけている。クラスが変わって席順も出席番号順に戻ったため、席が近いのも助かった。
クラスのメンバーが変わった結果、去年と位置関係が少しずれ、九十九くんの席は私の右斜め前、去年でいうと進藤くんだった場所になった。
これはこれで、授業中も九十九くんの様子を見守れてとても助かる。時々先生に注意されるけれど。
私は今日も、私の前の席と九十九くんの席の間にしゃがみこんで、席につく九十九くんを見上げるように話す。
「九十九に一を足したら――」
「繰り返さんでいい」
こう素気なく躱されるのもいつものことだ。九十九くんは、呆れたように私を見る。
「俺とお前の関係の喩えなら、数字に変に拘っても仕方がないだろう」
「どういう意味?」
彼の眉間に皺が寄り、表情が険しくなる。彼の言いたいことは、本当は分かっている。私が分かっていることを、彼も分かっている。その上で、ちゃんと口にして欲しいと思っていることも。
「お前がくれたものを、意味がないとも、小さいとも思ってない」
「うん。そうだね」
わかった上で、どこか気恥ずかしそうなしかめっ面で、ちゃんと君は応えてくれる。
「ああ。だから、必要以上に付き纏ったりしなくていい」
付き纏いとは人聞きの悪い。確かに休み時間はだいたい九十九くんと居るし、帰りも大体一緒に下校するし、休日も会いに行ったり呼び出したりするけれど。
「友達として普通に一緒にいるだけだよ」
「行き先がトイレでもか」
睨まれる。目を逸らす。ここだけ聞かれたら変態か何かと勘違いされてしまうかも知れないので、言い方には気をつけて欲しい。
私はただ、休み時間に九十九くんがお手洗いで席を立ったとき、入口までついて行って、出てきた彼と一緒に戻る、ということをしているだけだ。中に入ったり、やましいことをしたりしている訳では無い。
最初は、私も行きたいから、と言っていたのだが、それが毎回であることと、必ず私が先に出て待っていることで怪しまれた。
結果、男子トイレに入ってものの五秒で出てきた九十九くんの計略により、女子トイレなどには入ってもおらず、彼の出待ちをする私の姿が露見してしまったのだ。
あの時は、確か、そう。こんな会話をした。
「早いな」
「九十九くんも、はやいね」
動揺を隠し、自然体で答える私。
「何もしていないからな」
「いいの?」
「お前こそ」
「私は、ほら、メイク直しを」
とっさに上手い言い訳で躱そうとする私。
「五秒でか」
「うん。その、アイラインをちょっと、こう、ひゅいって」
ジェスチャーまでつけて信憑性を高めようとする私。
「瞼にか」
「えっと」
「その割には、何も変わってないな」
「色が、その、自然なやつで」
黙る九十九くん。つられて黙る私。数秒の沈黙。
「何か言う事は」
「ごめんなさい」
陥落。九十九くんには敵わなかった。あの時の九十九くんの目は、今までで一番厳しかった。あの時ほどではないけれど、今も。
「なんでもいいが、トイレにまで付き纏ったりするな」
「はい」
頷く他ない。それ以外の返答を許さない圧が今の九十九くんにはある。と思ったら、急に、圧が和らぐ。
「放っておいても、俺は急に、死んだりしない」
「……当たり前だよ」
言葉に反して、彼の制服の袖をきゅっと掴んでしまうのは。
今でも私が、バレンタインのことを引きずっている何よりの証拠だった。
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