第88話 まるで三者面談な配役

 来る休日。高校入試が行われるため、一般生徒の校舎への立ち入りが禁止される日。今日はお昼から買い物をして、そのまま小川さんのお家に向かい、チョコレート製作に取り掛かるのだ。


 集合場所は結季ちゃん指定の大型スーパー。必要な材料は全てここで揃うという。


「んじゃまず、何から買うんだ?」


「必要なのは、大量のチョコレート、ココアパウダーや粉砂糖、生クリーム、真咲ちゃんのオレンジ、あとは、わたしが卵とバターかな? それ以外は家にあるから」


 買い物でもすっかり結季ちゃんが音頭を取ってくれるので任せきりになってしまいそうだ。甘えすぎず、なるべく負担は減らしてあげないと。


「卵とバター、生クリームを見て、それからそれ以外、が順路的にいいかな」


「卵ならそこにあるな。よし、適当に持って来い」


 真咲ちゃんの号令で私達がさっと動き、必要なものを持ってくる。真咲ちゃんは買い物カゴを持ってくれる。私が一番足手まといになりそうだが、選ぶのにも結季ちゃんの意見がいる場合があるので、勝手なことは出来ない。


「バターは、どれがいいかな」


「無塩のやつ。いつも使ってるのは、これかな?」


「生クリームは?」


「あまり厳密に乳脂肪分とか拘らなくて大丈夫だよ。わたしがよく使うのは、大体これかな」


 こんな感じで、結季ちゃんに相談しながら選んでいく。それを私が真咲ちゃんの元に持っていき、カゴに入れる。


「ご苦労。よし、次は菓子類だな」


「向こうがお菓子コーナーだったよ、お母さん」


「誰がお母さんだ」


 ふざけ合いながらお菓子コーナーに向かう。チョコレートを探す途中で、ココアパウダーと粉砂糖は見つけられた。これであとはチョコレートと、真咲ちゃん用のオレンジだ。


「チョコも昨今は色々あるよな。どれ買うんだ?」


「普通のミルクチョコじゃないの?」


「言っておくけど、買うのは板チョコじゃないよ?」


 てっきり一枚百円とかの板チョコを買い漁って、それを溶かすものだと思っていた。真咲ちゃんと揃って結季ちゃんの顔を見る。


「クーベルチュールの方がメニュー的にも向いてるし、今回はそっちにしようね」


「くーべ……?」


「製菓用のチョコレートで、カカオの割合が多いの」


 チョコの種類なんて、ミルクとビターとホワイトくらいの区別しかしたことがなかった。そういうのがあるのか。


 真咲ちゃんも私と同じように感心した顔をしている。これが、作る人と買って食べるだけの人の差だろう。


 お菓子コーナー、と一口に言っても、買ってそのまま食べる商品たちが並んだ見慣れた棚と違って、製菓用の材料が並んだ棚はなんだか大人な雰囲気がある、気がする。


「これか。粒状なんだな」


「溶かしやすいようにね」


「こんなの買ったことないよ」


「まあ、お菓子作りしないなら買わないよね」


 これまではバレンタイン用の買い物といえば、板チョコ、アラザンやカラースプレーなどのトッピング、型の三つだったのに。


 今日はもう、私が使うものだけでも製菓用チョコレート、生クリーム、ココアパウダーである。目覚ましい進歩だ。


「結季先生様々だね」


「わたし、今日は先生なんだね」


「あたしが母親で、結季が先生で、一透だけ子どもなんだよな」


「失礼な」


 形だけ憤慨してみたものの、否定できる材料は無かった。先生のアドバイスの下、商品を取ってお母さんのカゴに入れる子どものポジション以外の何物でもない。


 理想は冬紗先輩だけど、そこまでじゃなくとも、もう少しくらい大人っぽくなりたいものだ。あと二年あればなれるだろうか。


「オレンジは、青果コーナーじゃないんだよな」


「一から作りたいならやってもいいけど……」


「いや、いい。あの薄切りのやつだよな。どこにあんだ?」


「そうだ。コンフィとピール、どっちがいい?」


 結季ちゃんが何を言っているのかまるで分からなかったので、やはり私には大人はまだ早いかもしれない。

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