第75話 残り十分の独り占め
十七時に庭園が閉まる少し前、ギリギリまで満喫してから私達は園を出た。この後は、ここから少し離れたところにある個人経営の食堂で食事の予定となっている。
当然予約をとっているが、予約の時間は一時間以上後になっているため、少し時間が余る。そこで私と先輩はもう一つ、ちょっとしたプランを用意した。
「それじゃあ、ペア分けしよっか」
一度二対二に分かれて、各々自由に散策する。三十分後に中間地点で合流して、ペアを交換したらお店までまた自由散策をするのだ。
メッセージを送り合っての企画会議時、せっかくのデートだから二人の時間もあった方がいいか、と先輩に聞かれた。私は、先輩と二人きりになれたら進藤くんが喜んでくれるだろうかと思い、それに頷いたので、このような形になった。
「どうする? 男子二人のペアもアリでもいいけど」
「もう十分です」
「全くだね」
先輩がおどけて言えば、九十九くんも進藤くんもうんざりした様子でそう答える。さっきはあんなに仲良しだったのに。
私は冬紗先輩と二人でもいいな、と楽しそうに笑う先輩を見ながら思っていると、声がかかった。
「一透。いくぞ」
九十九くんの方からこんな風に動くのは珍しい。さっきの盗み聞きについてのお叱りだろうか。
「一応、くじも作ってあるけど」
「順番が変わるだけで、どちらの組み合わせもするんだろう」
どうしようかな、と二人の方を見れば、進藤くんも冬紗先輩もそうしろと目と口と心で訴えてくる。
「男の子からのお誘いだよ。応えてあげなよ、一透ちゃん」
「あれだったらそのまま二人で離脱してもいいからね、ハジメ」
「阿呆か」
本当は、最初に進藤くんと歩きながら先輩へのアプローチについて計画を立てよう、なんて余計なお節介を考えていたのだけれど。
二人に見送られながら、先を行く九十九くんに急かされるように、私は歩き出した。
クリスマスとはいえ、繁華街から離れた位置であることもあって、庭園を出てしまえば人はそう多くはなかった。
だけど、あたりの民家からもクリスマスの気配は感じることが出来る。
「九十九くん。あそこのお家、玄関先に大きなツリーがあるよ」
私の背よりもやや高く、横幅は倍くらいあるだろうか。色鮮やかに飾り付けられている。高校生になって今更欲しい訳ではないけれど、家にもツリーがあれば、子供の頃の私はきっと大層喜んだことだろう。
「あっちは、LEDでライトアップされてるよ」
駅前の広場や大きな公園などでのイルミネーションは人が多くて、私はきっと見に行けないだろうけれど。こういった生活の中に混ざった小さな光でも、嬉しいものだ。
私が指を指せば、そっちを見て反応してくれる君がいてくれるだけで、随分と。
九十九くんの反応はあまり大きなものではなくて、私の指の先を見て、おお、とか、本当だ、みたいな顔をするだけ、ときどき口にも出してくれる、という感じだ。
だけど耳をすませば、時折、彼の胸元から、からりと音がする。
口には出さないけど、きっと彼も、この時間を心地いいものと思ってくれているのだと、その音が信じさせてくれた。
「九十九くんのお家は、飾り付けとかするの?」
「いや、しない」
「私も、小さい頃だけで、今はもうしなくなっちゃったな」
小さい頃も、両親が買ってくれたものをリビングに飾るくらいだったけれど、それでも楽しかった。
最近はもう、夕食がいつもより少しだけ豪華になって、食後に母が買ってきてくれたケーキを食べるだけのイベントになってしまっていたけれど。
「九十九くん、楽しい?」
「楽しんでないように見えるか?」
「ううん」
凄く楽しそうかといえば、いつも通り澄ました顔だけれど。歩幅を合わせて私達と一緒に歩いてくれる今日の君は。私達と一緒に写真を撮ってくれる君は。なんだかとても、満足そうに見える。
「私も、楽しいよ」
繁華街で沢山の人達が楽しむクリスマスより、ちょっと質素だけど。進藤くんのこととか、冬紗先輩のこととか、悩むこともあるけど。
私には味わえないクリスマスに負けないくらい、皆で楽しむ私達だけのクリスマスは、特別な時間だって感じられる。
安心したような顔の君の隣を歩く、この時間も。
「九十九くん、最初に私を選んでくれたのは、進藤くんのため?」
「それも、ある」
ということは、九十九くんもやはり、進藤くんの気持ちは知っているのだろうか。先の方でよかったか、後の方がよかったのか、私には分からないけれど。
先輩は三年生だ。二月になれば自由登校期間になってほとんど学校に来なくなり、三月には卒業してしまう。
あまり考えないようにしていたけれど、私達にとっても、先輩との時間は貴重なものだ。きっと、進藤くんにとっては、もっと。
「冬紗先輩、綺麗だよね」
「ああ」
「次、九十九くんの番だけど、ドキドキする?」
「別に」
「んふふ。嘘つき」
彼の眉根にしわが寄る。
「見えるか」
「うん」
九十九くんの心は、やはり靄の状態がデフォルトだけれど、色や動き、温度や匂いなどがほのかに変化するので、前よりもいろんなことが読み取れる。
別に、なんて嘘だっていうことも。だからといってそれが、進藤くんのそれと同じ理由ではないということも。
文化祭の日。夕暮れの教室に来てくれた時も、今と同じ気持ちでいてくれたのかな。
「私は?」
君の気持ちの理由が分かるような気がしたので、話の筋を少しずらした。それだけのつもりのはずだったけど、なぜだか少しだけ、声が喉に詰まってしまった。
「私とは、ドキドキする?」
さっき先輩とのことを聞いた時と同じように聞くつもりだったのに、なんだか少しだけ、なにかの熱が籠もった声で聞く私は。
いつも通りの真っ直ぐな君の目には、どんな風に写っているかな。
「別に」
今度は、嘘ではなかった。
「ただ、お前が隣にいてくれると、俺は落ち着く」
隣を歩く君の肩が、私の肩に少し触れる。コート越しでも、そこから感じられた君の熱はきっと、私と同じものだった。
「うん。そうだね」
溶け合って同じ温度になる。十二月の寒空の下、露出した手や頬は痛いくらい冷たいはずなのに、温かい。
さっきの囲炉裏の前も、君が差してくれた日傘の下も、何気ない放課後の帰り道も。
場所や季節が変わっても、君の隣には、いつも変わらない温もりがある。
合流の時間まで、あと十分。私がこの優しい温度を、独り占めできる時間。
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