第63話 先輩には影がある
まず私達は、お茶屋さんに向かった。
「いきなり休憩するんですか?」
「こういうところ、閉まるの早いんだ。休日の朝からの散策ならいいけど、今日は放課後の散歩だからね。他を先に回っちゃうと、もう来れなくなっちゃうのよ」
先輩はそういうと、私の分までお団子と抹茶のセットを買ってくれた。払うと言ったのだけど、先輩に、
「お姉さんに任せなさいな」
と頭に手を置かれながら言われてしまうと、強くは出られなかった。
しかも、私はすぐに食べようとしてしまった。先輩が撮影しようとする様子を見て思いとどまれてよかった。
私達は、お互いに写真を撮って後で見せ合おう、という話で行動を開始したのだ。写真を取る前に食べてしまってはどうしようもない。
先輩は、園の中央の大きな池を背景にしてお団子を撮るようだった。私は私のポリシーに則って、今回は先輩のことを思って写真を撮ろうと決めていた。
だからこそ、眼の前で、同じものを頼んでいる人に。なんなら、お金を出して買ってくれた人に。一体どんな風にこれを見せればいいのか迷ってしまう。
ヒントを得ようと先輩の様子を窺うと、お団子にカメラを向けてファインダーを覗く先輩の横顔が綺麗で、これを見せよう、とついシャッターを切る。
「あ、ずるい」
気づかれてそう言われてしまったけれど、責める気持ちは全く感じられなかったので、寛大な心で許されたのだと思う。
私も調子に乗って、んふふ、といたずらに笑って見せたら、その顔を撮られてしまった。
「これでおあいこ」
そう笑い返す先輩が眩しくて、お団子の味はよく分からなかった。
お団子を食べ終わると、推奨の散歩コースを歩く。
「紅葉はもう、見頃がちょっと過ぎちゃったかな」
先輩の言う通り、遊歩道に傘を差すように葉を茂らせた紅葉は色の盛りを過ぎてしまった様相だったけれど、それ故の魅力もそこにはあると思った。
先輩も、当然それを捉えようとしているようだった。私にも、私の視点からだから撮れるものはあると思う。だけど、それだけで先輩の心を動かせるかと言えば、少し自信がなかった。
だから、人の力を借りることにした。二十代後半くらいの外国人のカップルを見かけたので声をかける。
頑張って英語で話しかけてみたけど、簡単な日本語なら通じるみたいで、恥ずかしくて慌ててしまった。写真を撮らせて欲しい、と伝えたつもりが、写真を撮って欲しい、と伝わったみたいで、先輩とのツーショットを撮らせてしまったくらいだ。
でも、それはそれで嬉しかった。それから改まって、お二人の写真も撮らせてもらった。
「頑張ったね」
あたふたした一連の動作を温かい目で見守ってくれた先輩が優しく撫でてくれて、嬉しいやら、恥ずかしいやら。
歩く途中、いくつかの古民家を見たけれど、それはあまり上手く撮れなかった。遠くから見るだけの静物を上手く撮るセンスは、私にはあまりないらしい。
だけど、中に入ることが出来る大きな合掌造りの建物では、ちょっと面白く撮れたかもしれない。
じっと見ていると、何気ない木目や庭に植えられた木ですら、何かしら面白い構図が浮かんできたりするのだ。
「ここは大体大丈夫だけど、撮影禁止の場所や物もあったりするから気をつけてね」
先輩にそう注意を受けていたのも、功を奏したのかもしれない。撮影禁止の記述がないか確認するついでに、細かいところをじっくり見ることができた。
「一透ちゃんは、こういう家に住んでみたいとか思う?」
縁側。ふすま。囲炉裏。違い棚。日本建築が持つ独特の雰囲気や、不便だからこそ感じる情緒は好きだけれど、現代のハイテクな家に住み慣れた私からすれば。
「素敵な家で、憧れますけど、ずっとは住めないと思います。友だちのお家だったりしたら一番嬉しいかも」
「正直だね」
口元に手を持っていって、ふふふと綺麗な声を洩らす先輩の笑い方はなんだか上品に思う。私なんて笑い始めがちょっと詰まって、んふふ、なんて変な笑い方をするものだから、結季ちゃん達にはちょっとからかわれるのに。
先輩は、どこにいても、何をしていても独特な空気を纏っている。気を抜くと全部の写真が先輩付きになってしまいそうだ。あまり撮りすぎると警戒されてしまうだろうから、最小限にするよう気を付けないと。
合掌造りの建物を出ると、その流れで別の大きな建物に移動する。園全体に関する記念館のようだ。ここは流石に全体が撮影禁止だったので、見るだけに留めた。
ふと、入口付近の掲示の中で気になるものを見つける。
「先輩、これ」
「ん? ああ、フォトコンテストだね。私も去年賞取ったよ」
「そうなんですか!?」
思わず大きな声を出してしまった。先輩が口元に人差し指を持っていって、しー、とジェスチャーをする。
先輩には勝手に凄いイメージを持っていたけれど、本当に優秀らしい。後で写真を見せてもらうのが楽しみだ。
私の期待の視線がむず痒かったのだろうか。先輩は困った顔で頬を掻いた。
「そんなに大したもんじゃないよ? 上から四番目くらいの賞で、年間パスポートと賞状が貰えるくらいだったし」
「それでも、すごいです。だって、先輩が素敵だと思ったものが評価されたんですよね」
心からの褒め言葉を真っ直ぐに伝えたからだろうか。
「褒めすぎ。ほら、次行こ」
私の額を軽く小突いて会話を切り上げる先輩の心は、楽しそうな色をしている。嬉しそう、でもなくて、恥ずかしそう、でもなくて。それがなんだか、ちぐはぐに感じてしまう。
先輩の目を見つめていたから心の変化を見逃したけど、一瞬、揺らいだ気がしていた。
それが本来の照れくさい感情で、今の楽しそうなのは、照れ隠しだったら。そうだったら、いいなと思った。でももう、そうではないような気がしている。
一緒に回り始める前に私が感じたあの切なさが、気のせいではないって確信が湧いてくる。
何かを誤魔化すために楽しい気持ちで塗りつぶしているのではないか。そんなことが出来るのかどうかも分からないけれど、そんな疑念が私の頭で渦巻いて止まらない。
もしそうなら、それは、苦しくはないのだろうか。
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