第55話 〝請求〟

 準備はつつがなく進んだ。


 アイスも仕入先を見つけることができ、急な話だったのに元の予定と変わらない値段、量で仕入れることができた。お陰でメニューの変更も行われずに済んでいる。


 女子の衣装も、買ったものに作ったパーツを組み合わせて一通り出来上がった。


 そこで、調整が必要であれば明日中にしなければいけないからとのことで、一度女子全員で袖を通してみることに。


 元々汚れてもいいようにジャージで作業している人が多かったので、制服の人は一度着替えてきて、ジャージの上からの試着会を教室で行った。


 私は自分の容姿が整っていると思ったことはないけれど、他の女子を可愛い可愛いと褒めちぎったのが返ってくるように、私も他の子たちに褒め倒されてしまったので、つい調子に乗ってしまった。


 彼の下へ駆け寄る。


「九十九くん、どうかな? 似合う?」


 くるり、と回って色んな角度から見せてみる。


「……あまり」


 そうだな、と言ってもらえると思っていたので、ショックだった。いや、私が少し舞い上がりすぎてしまったのだ。これが普通の反応だろう。


 が、女子たちは許さなかった。


「ニノマエお前」


「女心ってものを知らないの?」


「かわいいだろうが」


「ころすぞ」


「〝請求〟。かわいいって言え」


「……かわいい」


 非難轟々な挙げ句無理やり可愛いと言わされている九十九くん。気持ちは嬉しいけど、余計に惨めになるからやめてほしかった。けれど、女子たちは手を緩めるつもりは無い様だ。


「どこがかわいくないのか言ってみろ。〝請求〟」


「かわいくないとは、言ってない。らしくないと思っただけだ」


 九十九くんまで律儀にそれに答えている。もういいから。私が悪かったから。そう思うけど、口を出せる雰囲気ではなかった。


 でも、そう言われれば確かに。なんというか、フリフリでミニスカートで、私らしいかといえば、私も、らしくはないなと思った。


「じゃあ服だけなら、かわいい?」


「ああ」


「じゃあ、中身だけなら?」


「……かわいい」


 本心かどうかも分からないのに。〝請求〟無しでもそう言ってくれた。たったそれだけで喜べてしまうのだから、我ながらちょろい女だと思う。


 女子たちはきゃあ、と黄色い声を上げ、更にヒートアップする。


「じゃあどういう服がいい? 〝請求〟」


「どういう所がかわいい? 〝請求〟」


「ぶっちゃけ好きなの? 〝請求〟」


 九十九くんは、耳を塞いで逃げ出した。



−−−



 しばらくすると九十九くんが戻ってきたので、急いで駆け寄って声をかける。


 こうしないと、意地でもいろいろ聞き出そうとする子がいるのだ。私が近くにいれば無理には聞いてこないだろう。


「九十九くん。こっち、お願いしていい?」


「ああ」


 私が飾りを手渡して、上履きを脱いで机の上に立つ彼に高いところに設置してもらう。


 彼の胸のあたりをじっと見る。今朝からずっと観察しているのだが、昨日見えたはずの彼の心は、すっかり靄に戻ってしまっていた。


「さっきは、悪かった」


 ぽつりとこぼすように彼は謝った。別に気にしていないけれど、あまり、と言われたのがちょっとショックだったのは本当なので、少しだけ意地悪をする。


「中身はかわいいって言ってくれたから、いいよ」


「忘れろ」


「いやです」


 はい、と飾りを手渡す。彼がそれを受け取って、設置していく。


 忘れないよ。嬉しかったよ、九十九くん。この気持ちも、こんな風に簡単に手渡せたらいいのに。


 心を伝える。文字にすると簡単で、実際にやるのはすごく難しいのに。彼はあの時どうやって、それを成し遂げていたのだろうか。私にも、同じことが出来るかな。


「お前は、何かあるか」


 脈絡なく、彼は聞いた。聞かれたことの意味がわからなくて、首を傾げる。


「こんなつもりではなかったし、こうなるとは思っていなかったが。自分で言い出したことだ。してほしいことがあれば、なるべく叶える」


「〝請求〟のこと?」


「ああ」


 考えてはみたけれど、彼にしてほしいことや一緒にしてみたいことは、こういう形で頼みたいことではなかった。


 嫌なら気兼ねなく嫌と言えて、構わないなら自然と受け入れられて。そういう空気でなら、いろいろ思い浮かぶことはあるのだけれど。


 改めて考えてみて、ふと一つ、思い浮かぶ。飾りを一度脇に寄せ、自分の鞄のところに行き、必要なものを取って戻る。


「これ。読んでください」


 もっとこっそり渡すつもりだったけれど、面と向かって渡すのもいいものだな、と思う。気持ちを手渡したいと思うのなら、まずはそれを籠めたものを、ちゃんと渡すのだ。


 彼は淡い青色の便箋が入った小さな封筒を手に取ると、シールを剥がして開けようとした。


「まっ」


 急いで止めようとするけど、机の上に立つ彼の手元は高くて届かない。ジャージの上着の裾をどうにか掴んで引っ張る。


 がたっ、と大きな音がして机が揺れたが、何とか彼は踏みとどまって、驚いた拍子に開けようとした手が止まる。


 危ない、もう少しで机の上から引きずり落としてしまうところだった。


「まって、あとで、お家で読んで」


「わかったから離せ。危ない」


 彼に怪我をさせてしまうところだったが、何とか手紙を渡すことに成功した。



−−−



 それからも、準備は問題なく進み、本番前日には居残る必要もなく、夕方までには、もう今すぐ人を入れても大丈夫、という所まで出来た。


 もちろん、食材の仕込みはしていないので、人を入れても出せるものがないけれど。


 明日の朝すぐにやらなければいけないことを除いて全ての準備を完了し、私達は大野さんの号令で解散となった。


「あたしが不甲斐ないせいで、皆には迷惑ばかりかけた。それを乗り越えてここまでこれたのは、皆の惜しみない協力のお陰だ。ありがとう。さあ、後は本番だ! ありったけ売りまくって、目一杯楽しむぞ!」


 おーっ、と掛け声をあげる皆の目がキラキラと輝いていて、それを見る大野さんが嬉しそうだったから、私も心から嬉しかった。


「あたしずっと体育会系で、中学の文化祭は別にそんな楽しみでもなかったんだけどさ。去年、うちの学校の文化祭を見学にきて、それがすげえ楽しくて、あたしもこれがやりたいって、ここに入ったんだ」


 三人一緒の帰り道で、大野さんはそう言った。


「あたしの理想だった去年の文化祭も、きっとこうやって、皆で一緒になって作ったんだな。独りよがりじゃ駄目だったんだ」


「独りよがりじゃなかったよ」


 小川さんが大野さんの手を取ったので、私も反対側の手を取った。


「お前らベタベタし過ぎだろ」


 そういいつつ、大野さんは強く握って離さないでいてくれる。しみじみ思う。ああ、この温もりが失われずに済んでよかった。

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