第43話 んふふ
私は、大野さん、小川さんと三人で教室を出た。
片付けはしておくから先に帰れという彼に、私達は手伝うと言ったのだけれど、三人の時間も作れと言われてしまうと私には断れなかった。
最近あまり、二人といることが出来なくなってきていた。それが怖いことかも知れないと、今日思った。
特に、小川さんに対して。
小川さんのことも見てる。それを嘘にするつもりはない。だけど、彼から目を離すのも、今は少し怖くて。
上の空になってしまっていた。結局私は、二人からも気を遣われてしまった。
「あたし達のことはいいから、行ってやれよ。ニノマエのこと、気になんだろ」
「でも」
「あたしが余計なこと言ったせいでもあるからな。でもあんま気にし過ぎんなよ。あいつのことは、お前の方がよく分かってるだろうし」
ちら、と小川さんを見る。呆れていたけど、笑って言ってくれた。
「行ってきなよ。その代わり、わたし達とも今度一緒に、ね?」
「うん。絶対」
強く頷いた。私は友達に恵まれている。彼だけじゃない。二人にも、たくさん返さなきゃいけないものがある。
「分身出来たらいいのに」
「じゃあ当日のクラス当番も倍だな」
私が出来もしない願望を語ると、大野さんがそれに乗っかって、ニヤリと笑う。
「三人に増えたら一人一個ずつ独り占めだね」
「じゃあ三倍だな」
小川さんに個って数えられたのが面白くて笑いを堪えていると、大野さんが畳み掛けてきたので、我慢しきれず溢れ出してしまう。
「んふふ」
「前から思ってたけど、一透ちゃんって笑い方かわいいよね」
「文字にするとちょっと変だけどな」
心から湧き出す笑いだったのに、笑い方を指摘されると恥ずかしくなって止まってしまう。自分では自覚がないのが余計に恥ずかしい。
「そんな変な笑い方してるかな」
「ああ、んふふって」
「変に堪える笑い方じゃなくて、自然な笑い方なんだけど、笑い始めだけちょっと鼻にかかる感じだよね。んふふって」
「んふふ」
「んふふ」
二人が私の笑い声を真似し出す。そんな変な笑い方はしていないと思うので、恥ずかしくてちょっと困った。
それでも真似を止めてくれないので、つい私にも移ってしまう。
「んふふ」
「あっ、ほら」
「それだよそれ」
「んふふふふふ」
「壊れちゃった」
「長えとちょっとキモいな」
昇降口でへんてこな笑い声を上げる三人組は、一体周りからどんなふうに見えていたか分からないけれど、それでも私達は確かに、心から笑っていた。
そうやって別れられたから、きっと二人とは大丈夫。
きっと、大丈夫。そう言い聞かせた。
−−−
行き違いになったら困るので、私は校門で待つことにした。大野さん達とお喋りした時間があったからか、待つということもなく、すぐに彼は来た。
せっかくの厚意を無下にしてしまったので、怒られるかなと思ったけれど。
「いいのか」
「うん」
「そうか」
それだけだった。それから私達は、並んで歩いた。
「九十九くん」
返事はない。でも、耳は傾けてくれている。
「不安があるなら、教えて欲しい」
返事はない。でもきっと、彼は今、言葉を選んでいる。
「私も、出来ることをしたいの」
二人に対しても。九十九くんに対しても。
彼はいつも、視線にいろんな物を乗せて渡してくれる。私の思いも同じように伝わるようにと、願いながら彼を見つめた。
「多分、皆、見えてるものが違う」
「うん」
やっぱり、彼はこうして、応えてくれる。
「大野は多分、見てるものも、少し違う」
「うん」
見えてるものと、見てるもの。何が違うのか、はっきりとは分からなかったけれど、茶々を入れずに最後まで聞く。きっと、大事なことだと思うから。
「今日はまだ、大丈夫だったみたいだが。いつかどこかですれ違うかもしれない」
「うん」
「ちゃんと見ててやれ」
「うん」
だから、三人の時間も作れと言ってくれたのだろう。
「見てるよ。ちゃんと。九十九くんのことも」
彼が私達をちゃんと見てくれているから。私は彼からも、目を逸らさない。
「俺はいい」
「見てるよ」
彼に半歩近づく。彼がくれたものが、私の中で明確な価値を持ち始めている。まだ具体的な形を持っていないけれど、いつか、ちゃんとお返ししたい。
あの日空いてしまった距離を。私が一歩引いて空けてしまった距離を。
私は埋めたいんだ。あの優しい日陰に、また二人で居たいから。
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