文化祭、ぶつかりあい

第37話 ウサギさんが好きだよ

 九月になった。


 体育祭の余韻もそこそこに、期末テストも夏休みも光のように過ぎ去っていき、変わり映えのない日常に浸っている。


 最も、文化祭の時期が迫ってきているため、徐々に近づく非日常の気配に胸を高鳴らせている生徒も多い。無論、私もその一人だ。


 とはいえそんな中でも、彼はいつも通り、まるで自分には関係ないとばかりの顔をしているのだろうな。


 そう思って右側をチラッと見る。


 そこには、真っ白な壁があった。


 なるべく自然な動作を意識して左側後方を振り返る。


 窓側の一番後ろ、全生徒の理想の席で、彼は予想通りの表情をしていた。


「お前、また間違えたろ」


 ぴ、ぴゅ、ぴ。私の口から不格好な音が鳴る。


「口笛吹けてねえぞ」


 左隣に座る大野さんは、私の頬をうりうりと優しく抓った。


 一つ変化があったとすれば、これだろう。夏休み明けすぐ、席替えがあったのだ。今では、一番廊下側、前から二番目の席が私の席だ。左隣が大野さんで、前が進藤くん。


 仲のいい人たちが近くて大変嬉しいけれど、どうせならみんな一緒にしてくれればよかったものを、運命の神様は小川さんと九十九くんをまとめて窓際へ連れ去ってしまった。


 小川さんは九十九くんの眼の前の席になってしまい、よく緊張の面持ちでがちがちに固まっている。


 害はないから大丈夫だよ、と言ったのだけど、春の件が感謝というより負い目という形で消化されてしまったらしく、簡単には払拭できないようだ。


「あと、じっと見てくる目が怖いんだよね……なんか圧があって……。悪い人じゃないのは、分かってるんだけど」


 とは、小川さんの談である。


 私としては二人にも仲良くして欲しいのだけれど、物理的な距離だけを無理に詰めても仕方がないので、それなら席を交換できたらいいのにね、と話していた。


 すると通りがかった進藤くんが、目が悪いから前の席に行きたいって言って交換するのは定番だよね、と言った。


 それだ! とばかりに喜色に満ちた顔を合わせた私達はすぐに嘆願に行ったのだが、


「小川おまえ、視力二・〇あるって前言ってたろ。わがまま言わない」


 怠そうなのに生徒をよく見ていると評判の我らが担任、三枝さえぐさ明実あけみ先生にそう一蹴され、二人ですごすごと引き下がることとなった。


 席順を変えるのは諦めるとして、せめて緊張しなくてもいいくらいにはならないだろうか。


 そう思って、小川さんに彼のことを色々と吹き込んでみた。


 猫の集会所に時折現れては、話しかけてくる猫に猫語で応対していたとか、下校中、アイスを奢ることで小学生のケンカを仲裁していたとか、そういうエピソードを中心に。


「一応聞くんだけど、本当にストーキングしてるわけじゃないんだよね……?」


 私への警戒度が少し上がった。してないです。



−−−



 私があれこれ画策している間に結局、この問題も九十九くんが自分で解決してしまった。


 何があったのかをあとから小川さんに問いただしたところ、彼の方から話しかけたらしい。


「小川」


「ひゃい!?」


「……別に、何もしない。俺に改善できる所があるなら、善処する。……あまり肩肘張るな」


「えっ……と?」


「……悪い」


 こんな会話をしたそうだ。


「別に向こうが悪いわけじゃないんだから、俺に文句があるなら直接言え、くらい言ってもいいのに。変に気を遣ってもじもじしてるの見たら、緊張してるのが馬鹿みたいになっちゃった」


 小川さんはそう言った。以来、時々、本当に、極稀に二人が話しているのを見かけるようになった。


 私は、左隣が大野さんなのをいいことに、大野さんの方を向いてお話しながら、バレないようにこっそり二人の様子を見守っている。


 ……つもりでいたのだが、普通にバレた。大野さんには何度か注意されたのだが、何度言われても直らなかったので、今ではもう放っておかれている。会話を聞き逃すことは殆どないから許して欲しい。



−−−



 その夜、彼からメッセージが来た。


『小川に変なことを吹き込むのはやめろ』


『九十九くん』


『小川さんは、ウサギさんが好きだよ』


『一回怒られろ』


 翌日、小川さんに何でそのチョイス? と呆れられた。

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