第31話 約束
「おい、聞いてるか?」
「あ、ごめん」
「お前、時々トリップするよな。まあ今回は、感激するのもわかるけど」
感激、なのだろうか。違う、とは言い切れない。でも、それだけじゃ片付かない気がする。
「ごめん。それで、何だっけ?」
取り敢えず、続きを聞くことを優先した。大野さんは、呆れながらも説明してくれる。
「騎馬戦はその段階で一時中断したけど、ほぼ決着ついてたから、やり直しにはならなかったな」
「その段階で終了扱いで良かったよね。一騎だけでも残ったし」
「んで、その後、一騎打ちは普通にやってたよ。あたし達はお前に付き添ってたから見てねえけど」
「大将だけでも勝ってくれて、あんまり悲劇的な点差にはならずに済んだって言ってたね」
大野さんの大雑把な説明を小川さんが補足していく。話を聞いて少し安心した。三騎に囲まれては万全の状態でもどうにも出来なかったような気もするし、結果は大きくは変わらなかっただろう。
もちろん、だからといって倒れてもいい訳では無いけれど。
「あたし達とニノマエはお前に付き添って救護テントに行ったんだけどさ。その時一回起きたの、覚えてるか?」
「そうなの?」
「覚えてねえか。まあ、大分意識が朦朧としてたもんな」
薄ぼんやりと、そんな記憶があるような無いような気がする。でも何も思い出せない。
「じゃあ、ニノマエくんに掛けてもらってた言葉も覚えてないの?」
驚いたように小川さんが聞く。
「うん」
「はは、かわいそうに」
「もう、大野ちゃん」
愉快そうに笑う大野さんを、小川さんが窘める。そんな風にされると余計に気になる。
「なんて言ってたの?」
「本人に聞け」
膨れて抗議してみたが、教えてくれなかった。何となく、九十九くんも教えてくれないような気がする。
「私は? 何か変なこと言ってなかった?」
「あー、なんかひたすら謝ってたな」
んぐっ、と喉の奥で変な音が鳴る。その様子を想像すると、顔に血が集まるように、頬が熱くなるのを感じる。
「恥ずかしい……忘れて」
「録音しときゃよかったな」
「大野ちゃん……もう、ごめんね? わたし達も居たのにニノマエくんしか見えてないみたいだったから、拗ねてるの」
「お前、言うなよ。というかお前もだろ」
「ちょっとだけ、ね」
照れくさそうに小川さんがはにかむ。
そう言われると強く怒れない。でも覚えていない時の事を言われるのは恥ずかしいし、どう謝ればいいか分からない。
「リレーは、どうなったの?」
こういう時は、話を切り替えるに限る。そんなことばかりしている気もするけど。
「それも、あいつが走ったよ。元々部活とか団対抗のリレーとかの兼ね合いで男子が足りない分の枠だったしな」
「速かったよね、ニノマエくん」
「最後盛大にすっ転んだけどな」
「えっ」
あの九十九くんが盛大に転ぶなんて、とても想像が出来ないけど、それでも転んだなら私のせいでもあるだろう。私が倒れなければそもそも走る必要もなかったのだ。
怪我はしてないだろうか。集合写真を撮ったときは目立った傷はなかったと思うけど。
「転んだけど、順位は落とさなかったし、一人抜いたし凄いよね」
「一人抜けたのはあたしがギリギリまで詰めたからだけどな」
「転んだのに、順位を落とさなかったの?」
「あー、なんていうかな」
「ニノマエくん、バトンパスの練習とかしてなかったから、次の人が走り出すの遅れちゃって」
「というか完全に気圧されてたよな。すげえ気迫だったし。そんであいつも減速しきれなくてぶつかりそうになって、バトンは渡しつつ、転びながら避けてたな」
なんだろう、その、器用なんだか不器用なんだかわからない転び方は。
「進藤くん、爆笑だったよ」
「だろうな。あたしも笑った」
そこまで言われると、なんだか惜しいものを見逃した気がしてくる。私が見れる状態だったら、彼は走らなくて結局見れなかったのだけれど。でも、それよりも。
「なんか、私のせいでそんなことになっちゃって、申し訳ないな」
「いや、それは違うだろ」
「でも」
「あたしは、あたしが二人分走るって言ったぞ。それでもあいつは引かなかったんだ」
先程も言っていたけど、大野さんも走者だった。順番的には私が大野さんのバトンを受ける予定だったので、大野さんは九十九くんにバトンを渡したのだろう。
「どうして」
「お前のためだろ。あいつ言ってたんだよ。約束なんだって。だからあんな必死に走ったんだ。お前のために」
約束。
「お前、なんか言ったんだろ?」
「うん。勝とうね、って」
「はぁ!? マジでそれだけかよ! そんなん誰にでも言うだろ! なんなんだお前らマジで」
「そう言ってたでしょ。何だと思ったの?」
「優勝できたら、ほっぺにチューとか」
呆れたように聞く小川さんに、乙女なことを言う大野さん。そういえば、結果はまだ聞いていない。
「優勝、できたの?」
「ああ、ぶっちぎりだ」
「じゃあ、したほうがいいかな?」
「バカやめろ」
それで彼が喜ばないことはわかっているからやらないけれど、それで彼が喜んでくれるなら、そのくらい全然構わなかった。
彼はちゃんと約束を果たしてくれた。そのために、全力を尽くしてくれた。
自分が言った言葉を、こんなにちゃんと受け取ってもらえることが、今まで何度あっただろうか。こんなに全力で応えてもらえることが、これから先、何度あるだろうか。
嬉しかった。嬉しかったよ。九十九くん。
私は君に、何が返せるかな。
会いたいな。
「九十九くん、まだいるかな」
「やめろって、いねえよ」
「気づいたらもういなかったよね」
いつの間にか消えている九十九くん。想像に難くない。私が気付かなかったということは、二人と写真を撮った時だろうか。
「今度、お礼しなきゃ」
「メッセージ送っときゃいいだろ」
「連絡先、知らない」
「クラスのグループチャットにいるだろ?」
私としたことが。見落としていただろうか。いつの間に入ったのだろう。進藤くん経由かな。
「うわ、ほんとにいねえ」
スマホを取り出し確認した大野さんが言う。よかった。見落としじゃなかった。いや、よくはない。グループに居ないなら、彼はこの集合写真も見れていないことになる。
「それも、聞かなきゃ」
「キスはするなよ」
「しないよ」
しばらくそんな風に、じゃれ合って過ごした。
−−−
母が迎えに来ると、二人は荷物を車に積む所まで手伝って、見送ってくれた。
「いい友達じゃない」
「でしょ。あげないよ」
「取らないわよ」
車の中で、母とそんな話をした。
「あんたずっと一人で息苦しそうにしてたから、今回もそれかと思ったけど。ちゃんといい友達が側に居てくれるなら、頑張り過ぎちゃだめよ」
「うん。気をつける」
「あら素直」
親に込み入った部分を突っ込まれるのは抵抗があって、反抗したくもなるけれど、素直に受け止めることができたのは、きっと皆のおかげだ。
失敗もしたし、反省することは、いっぱいあるけれど。スマホを開いて、写真を見返す。そこには屈託のない笑顔の私がいる。
宝物も、たくさん貰ってしまった。
「お母さん」
「んー?」
「お弁当、残してごめんなさい」
「あんたの夕飯、その残りね」
また素直に謝ったのに、今度も茶化される。でも、母はそう言いつつも、その日の夕飯にはちゃんと消化に良いものを用意して出してくれた。
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