第28話 揺蕩う世界の中で

 部活対抗リレーが終わると、出場者の着替え等の準備時間を挟んで、男子の騎馬戦が始まった。


 小川さんは、砂煙を巻き上げながら衝突する男子たちの迫力に若干怯え気味だ。私と大野さんは彼女の壁になりながら、出場者用の待機スペースから観戦している。男子が終わったら女子の番だ。


 騎馬戦は全員で衝突する総当たり戦と、先鋒、中堅、大将の三騎を選出し、一対一を三回行う一騎打ちの二つを行う。最後にそれぞれの得点を合わせて競うのだ。


 総当たり戦では、進藤くんが騎手となって三人も倒していた。機動力を捨て陣形と競技エリアの端で死角をなくし、大型の騎馬でリーチを取る作戦らしく、それが上手くはまったようだ。


 最後は複数騎からの力押しを受け落馬してしまったけど、その後の一騎討ちでも先鋒として活躍し、戦果を上げる進藤くん。


 一人だけ結果が出せていないのを気にしていたので、活躍出来て良かったなと思う。脳内の進藤くんが、名誉挽回だね、と親指を立てる。


「大丈夫……?」


 男子の激しいぶつかり合いを見たからだろうか。小川さんが不安そうに言う。


「女子はあそこまで激しくならないと思うし、大丈夫だよ」


 騎手の私を心配してくれているのだろうと思ったのだけど、彼女はそうじゃなくて、と続けた。


「顔色悪いよ。お昼も残してたし……」


 そうだろうか。自分の顔色は自分では見えない。でも確かに、私は初めて母が作ってくれたお弁当を残してしまった。あれ以上、口に運べなかった。


「ずっとあいつと日向にいるからだろ。今からでも誰かと代わるか?」


 大野さんは私を心配してくれているだけだとわかってはいるが、彼のせいみたいに言われるのは心外だ。私が自分であそこにいることを選んだのに。


 それに、口には出せないが、テントにいても同じことなのだ。人が多いところにいると、いろんな熱気に当てられる。


 競争心、応援、恋バナ。


 そうだ。今日は考えることも多かった。それで疲れて、ぼーっとするのかもしれない。


 もう私には、物理的に感じた熱気か、そうでないかもよくわからない。


 ああ、それがまずいのか。でも代わってもらっても仕方がない。どこにいても同じだし、まだリレーも控えている。


「大丈夫」


 それだけ答えて、私は動き出した。時間だ。


 最後まで、体育祭をやりきるつもりだった。騎馬戦でも勝って、リレーでも勝って。最後に皆で、やったねって、笑いあいたかった。


 だから、皆の心配を袖にして、大丈夫、いっぱいハチマキ取るから任せて、なんて強がって見せて。




 私は倒れた。



−−−



「つくもくん」


 気づくと横になっていて、彼が側に居た。


 ここはどこだろうか。分からない。他にも人がいるようで、何か話しかけられた。何を言っているのかは、分からない。


 ぼーっとする。


 何があったかも、現状も、何も分からないのに。あぁ、私は失敗したのだと、それだけは強く実感していた。


「ごめんね」


 玉入れの時、私のしたことの結果だって、言ってもらった。なら、これも同じだ。


 いいことは自分の成果で、悪いことは何かのせいだなんて、そんなに虫のいい話はない。


 これも、私のしたことの結果だ。


「うまくできなかった」


 テントから出ず、人の感情にだけ防御していれば、こうはならなかっただろうか。


 彼に甘えて、日傘に入れてもらっていれば、こうはならなかっただろうか。


 彼を放っておくことが出来なくて。なのに優しさを受け止めることも出来なくて。自己管理にすら失敗して、心配をかけてしまった。


「また、まちがえちゃった」


「勝とうって、言っただろ」


 不意に、彼の声が聞こえた。何故か彼の声だけが鮮明に聞き取れた。これは、私への罰だろうか。


 そうだ、それも、私のせいで。


 ああ、胸が痛い。


「ごめんね」


「違う」


 視界がぼやけて、顔が見えない。ただでさえ心が見えないのに、顔も見えないのでは、何も分からない。


「まだ、結果は出ていない」


 けれど彼の声は、そんなことは関係ないみたいに。今までのどんな時より、力強かった。




「任せろ」

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