第20話 障害物、散る

 障害物競走は、その性質上、障害物の攻略にもたつきながらどうにかゴールを目指すものである。


 わたわたと一生懸命走る女子たちが可愛らしいのは言わずもがな。男子は男子で、小柄な子も体格のいい人も、障害物に苦戦しながらゴールを目指す様子は中々に微笑ましかった。


 九十九くんが障害物に翻弄されている姿は想像がつかないが、一体どんな走りを見せてくれるのだろうか。


 期待が高まったところで、九十九くんの出番が来た。スタートラインに並ぶ。


 ピストルの音と同時にすごい勢いで駆け出すかと思いきや、他の走者がスタートダッシュを決めるべく前傾姿勢になっても彼は棒立ちのままで、合図が鳴ると、緩やかに走り始めた。


 みるみるうちに離されていき、先頭の生徒が最初の障害にたどり着いてもやや後方を走る。


 どうしてしまったのだろうか。こちらの心配をよそに、他の生徒たちが障害を攻略していく。


 最初の障害は五メートルほどの網をくぐるものだった。走者たちはしゃがみ込み、網を掴むと高く持ち上げ、身体の後ろに送りながら前に進む。


 大人とあまり変わらない体格の男子も、身を縮めて網の中で悶えるように掻き進む姿はなんだかシュールだ。


 と、ここで急に九十九くんが加速した。先を走る走者がもがくことで、範囲が短くまとまってきた網を一気に抜けて追い上げる。


「いやズルだろ」


 大野さんは気に食わなかったようだけど、最低限の労力でできるだけの効果を産む。九十九くんらしい頭脳プレーだと私は感心した。


 網を抜けてからは普通に走る。進藤くんの言う通り、確かに速かった。最初についた差はもうほとんどない。


 次の障害は跳び箱だ。


 普通に跳ぶにはやや低く、一息に跳び越えるにはやや高いくらいに設定されており、これまで大体の生徒は一度乗り上がって飛び降りるという進み方をしていた。


 小柄な生徒であればなんとか普通に跳ぶことができ、あまり時間をロスせずに済んでいる様子も見られたが、九十九くんの背ではギリギリ難しいだろうか。


 などと思っていると、跳び箱に触れることすらなく跳び越えた。


「わっ、すごい」


「直前の網でほとんど減速せずに済んだのが活きてるね」


 思わず歓声を上げる小川さんに進藤くんが解説している。彼は妙に解説役が似合う。


 跳び箱を越え一位に躍り出た九十九くんは、その次の平均台も大きく跳び、中央でもう一度大きく跳躍することでわずか一歩で突破した。ほぼ減速せず突破してきているとはいえ、すごい跳躍力だと思う。


「あいつほとんど障害物に触れてねえぞ」


 同じようなことは私も思った。無残に散っていく障害物たちが少しだけ可哀想に見えてきてしまう。


 その次はピンポン玉運びだったので、流石に目立った活躍はなかった。


 ただパッと見分かりづらかっただけで、急に走るのをやめ、ピンポン玉が乗ったスプーンを見つめながら早歩きで突破する九十九くんは、焦って走り出し次々に玉を落としていく後続組と比べると全くと言っていいほどブレがない。


「すごく姿勢がいいね」


「ハジメはやれば出来るんだよ。いつもはちょっと、気怠いだけで」


 気怠い、というのは、普段の彼を表現するのにこれ以上なく的確な表現だと思う。物凄く辛そう、とかではないのだが、何となく面倒臭そうなのだ。


 最後の障害はハードルだった。


 普通のハードル走と違い、高さが最低なものと最高なものが交互に二つずつ設置されている。低いものは上から越え、高いものはくぐらなければいけないようだ。


 短い間隔で上下しなければいけないので最も体力を使うゾーンだと思う。


 九十九くんは、一つ目のハードルを難なく越えると、直後に転んだ。


 皆思わずあっ、と声を漏らしたが、転んだと思った彼は身体を低い位置で丸め、地面を跳ねて二つ目のハードルの下をくぐり抜けた。


 直後にもう一度、今度は高く跳ねて三つ目のハードルを越えると、最後のハードルもあっという間にくぐり抜ける。


「あれは何が起きてんだ?」


「ごめん。あれは僕にもわからない」


 私と小川さんは声も出ない。彼は観客の理解すらも置き去りにして、華麗に一位を勝ち取った。

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