第2話 好きな異性のタイプ

「ねえ、君さ、好きな異性のタイプってどんなの?」


「知らない」


 右隣の席と、その前の席。二人の男子生徒の会話に、ピクリと反応してしまう。


 まだ朝のHR前で人も多くないとはいえ、よく教室の真ん中でそんな話題に興じられるものだと思う。


 すぐ側に私という女子生徒がいることには気づいていないのか、気にしていないのか。


 質問している方は右斜め前の席の男子。胸のあたりに見えるのは鮮やかな黄色。レモンイエロー、といえばいいのだろうか。これは、好奇心の色。


 知らない、と一蹴したのは右隣の席の男子。彼の胸に、色は見えない。


 私はある時から、人の心を様々な形で感じ取る事ができるようになった。


 共感覚、というのをテレビで見た時は、これだ! と思った。共感覚とは、ある刺激を受けたときに、本来処理される感覚だけでなく、まるで異なる感覚をも得るものだという。


 例えば、世の中にはただの数字を見て色を感じ取る人や、聴こえた音楽から味を感じ取る人がいるそうだ。


 私は、色を感じたり、温度を感じたり、匂いを感じたり、音や味を感じたりする。要するに、五感のすべてに作用するようなのだ。


 ただし、常に全てに作用する訳ではなく、どれか一つのときもあるし、複数感じ取ることもある。どの程度強く感じ取るかも、刺激によってまちまちだ。


 どういう刺激を受けたらどういう感覚でどう処理されるのかは、私自身把握できてはいない。分かるのは、感じ取ったそれらが、どうやら人の心を表しているようだということだけ。


 私の調べた範囲では、共感覚とは少し違うようだったので、今では別の何かだろうと思っている。もしかしたら、ただの思い込みなのかも知れない。


 いずれにしても、感じ取れるのが私の世界だった。感じ取れるようになってから、これまで一度も例外はなかった。


 なのに今、隣の席の男子の心を感じ取れない。いや、正確には、感じ取れてはいるのだけれど、常に靄がかかっているように感じてしまって、そこから何も読み取れないのだ。


 九十九仁くん。不思議な〝感覚〟が発現してからの二年足らずで、初めて出会った心が読めない人。


 前に一度困っている所を助けてもらったので、どうやら優しい人ではあるらしい、ということだけは知っているけれど。


「知らない、ってことはないでしょ。何かない? かわいい子か綺麗な子ならどっちがいい、とか、お淑やかな子と活発な子ならどっちが好ましい、とか」


 眼鏡の奥の瞳に爛々と輝く好奇心を携えた、右斜め前の席の男子、進藤愁しんどうしゅうくんは九十九くんが気になるようだ。


 入学当初は、大人しい子をおもちゃにして遊んでいるのでは、なんて勘ぐってしまったが、どうやら他の子からは出てこないような答えが飛び出して来るのが面白くて、つい九十九くんにちょっかいをかけてしまっているらしい。


 入学からかれこれ一ヶ月ほど経った今になってようやく、それがわかるようになってきた。


「容姿や性格を全く気にしない、ということはないと思うが、それだけで、だからどうこうっていうのは無い」


「じゃあ何で判断するの?」


「関係性」


「……どういうこと?」


「相手がしてくれたことが、自分にとってどんな意味や価値があるものになっているか。自分がしたことが、相手にとってどんな意味や価値があるものになっていると信じられるか」


 不思議そうな顔の進藤くんに、言い聞かせるように話す九十九くん。


「……その人とどうありたいかなんて、それ次第で変わってくるものだろう。恋愛に関わらず、人間関係なんて、大抵は」


 例えば、そう。こういうところなのだ。進藤くんが彼を気にしてしまうのも。私が彼を気にしてしまうのも。


 彼の言葉には、芯を感じる。彼という人間の人間性を作り出す、深い思慮を感じる。だというのに、気怠げな瞳に色を感じない。淡白な声に温度を感じない。


 彼はどんな思いで、そう語っているのか。彼のその価値観が、彼の言動にどう結びつくのか。


 どれだけ目を凝らしても、耳を澄ませても、彼の心は靄に包まれてその深奥を見せてはくれない。


「じゃあ、どういう人だったら、そういう関係になりたいと思いやすい? どういう事をしてくれたら、でもいいけど、強いて言うなら、何かない?」


「……側に、居てくれる人」


 かと思えば、まるで変化のない澄ました顔で、こんな可愛らしいことを突然言い出したりもする。


 聞き耳を立てていた私は、はははははっ! と大きな声で笑える進藤くんを羨みながら、HRまでの間、笑いを堪えていることを必死で誤魔化す羽目になってしまった。

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