魔女の会の秘密

伊奈

一、魔女は秘密を守らなくてはいけない

 喫茶店の中は空調が効いて、かなり快適だった。うだるような夏の日差しの下を歩いてきた身には、まるで天国みたいな場所だ。

 小さなテーブルで一息吐くと、私はメニューを眺める。今季のオススメはフルーツティー! と書かれていたので、あまり悩まずにそれを注文した。甘いものが飲みたかったし、メニューに載っていた写真が涼しげだったのも良い。

 フルーツティーが来る間、私は鞄からキャンパスノートを取り出した。表紙をめくれば、簡単な人物画のラフと走り書きのようなメモが出てくる。大きなフリルを身につけた少女や金髪の少年など、他人に見せるのはあまりにこっぱずかしい内容で、私はそっと周りをうかがう。大丈夫だ、ノートの中身が見えるようなところに人はいないし、そもそも誰も私のことを気にしていない。

 視線を戻すと、私は一ページずつノートをめくる。こうして改めて見ると、やっぱり昔の方が絵は下手だけど、それなりにこだわっていた描き方があるなとか。でもやっぱり雑と言うか、拙い感じがするなとか。横に書かれているメモだって『十七歳、魚座、誕生日二月二十九日、長男……』とか細かく書いている割に、性格は『誰にでも優しい』とか、いい加減すぎると思う。

 でもこういったものの積み重ねがあって今の私があるのだと思うと、なんだか感慨深い。小さい頃から色々と妄想していた漫画のネタが、形になって残っているのはそれだけで誇らしい感じがする。このノートだけじゃない。私の部屋のクローゼットには歴代の創作ノート十数冊が、地層のように積み重なって眠っている。今持っているのは、その中のほんの一部だ。

 ぱらりと、また私はページをめくる。その時、一枚の立ち絵に手が止まった。大きな黒いローブをまとった少女の絵だ。

 歳は十四くらい。半身で構えて凜とした表情でこちらを眺めている。あどけないそばかす、細い首筋。シャーペンで描いてあるからモノクロだけど、はっきり覚えている。この子の髪の色は赤みがかったブラウンであること。

 少しずつ、薄皮が剥がれていくように記憶が蘇ってくる。この絵のモデルとなった子のこと。彼女と過ごした中学時代のこと。

 彼女は間違いなく魔女だった。

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