【完結】お約束な彼女が全然お約束じゃない!!
紅樹 樹《アカギイツキ》
第1話
俺、
俺にはもの心ついた時からラブコメが好きで、ドラマは勿論、映画から漫画とありとあらゆるラブコメを読んできた、自他ともに認めるラブコメオタクである。
そんなこともあって、高校に入学したら叶えたい夢があった。
それはそう、王道のラブコメライフを送ること!
でも、別にラブコメ的な恋愛ならなんでもいい訳ではなく、俺にだって好みと言うものがある。
俺は黒髪のロングヘアで、少し大人しい家庭的な女の子が好みだ。
でもまぁ、かと言って俺自身も人様に偉そうに選り好みができるような容姿わ持ち合わせていなければ、ずば抜けて秀でた何かを持っている訳ではなく、本当にそこらへんにいる平凡な男子高校生なのだ。
だからまぁ、好みは二の次三の次で構わない、シチュエーションだけでもいいから王道ラブコメな展開を体験してみたい。
そんなことを考えていた矢先だった。
地を裂くような爆音のエンジン音が、こちらを目掛けて走って来た。
「きゃー!遅刻、遅刻ー!!」
俺は思わず耳を疑った。
それは、そのセリフは、間違いなくあの、通学途中でパンを咥えながら走ってくる女の子が全速力で走って来て、出会い頭にぶつかると言う、まさに王道ラブコメのそれではないか。
けど、何かが違う!
確かに食パンを加えてこちらを目掛けて来る女子がいる。
それには間違いないのだが、何かが違う!
て言うか、何故爆音のエンジン音がこちらを目掛けて走って来るのだ!
俺の目の前を走り去って行こうとしているのはそう、パンを咥えながらバイクに乗っているのだ。
いやいや、待て待て、違うだろぉおぉ!!!
普通パンを咥えて走って来るって言ったら、徒歩?だろお!!
なんでバイクなんだよ!!
つーかバイクでパンなんか咥えてたら危ないだろ!
それ以前にぶつかれないだろ!
ぶつかってくれよ、せっかくのシチュエーションが台無しだろお!!
いや、冷静になれ!
こんなんとぶつかったら、恋どころか地獄に落ちてしまうわ!!!
いや、地獄は流石に言いすぎた。
情報が渋滞しすぎて頭が追いつかないんだ。
なんてこと考えてる間に、あっという間に彼女は走り去って行った。
そもそもあの子は本当に女の子だったのだろうか?
確かに、服装こそ女子の制服で、声も女の子の声だったが、ヘルメットで顔が隠れていたから、女子制服を着た声の高い男の子かもしれない。
それだったら、下手にぶつかって恋にでも落ちたりなんかしたら、それこそ大変なことになるから、打つからなくてもよかったのかもしれない。
いや、でも、万が一にだ。
あの子が女の子で、しかも俺好みの女の子だったら、と思うとやっぱりちょっとぶつかっておけばよかったな、なんて後ろ髪を引かれてしまう。
とは言え、過ぎてしまったことは仕方ないので、俺は、残念やら混乱やら動揺やら、なんと形容したらいいのか分からない、なんとも言えない複雑な気持ちで学校に向かった。
学校に辿り着くと、俺と同じく、真新しい学生服に身を包み、新しい学校生活に期待に胸を踊らせた生徒達がいて、中には入学式の時に見かけた生徒も何人かいた。
俺は、何故だか先程の生徒がこの中にいるんじゃないかと思い、自然に視線が彼女(か彼かまだ分からない)を探してしまう。
「よぉ、一色!まさか、また高校でも一緒になるなんて思わなかったよ」
「おー、その言葉、そのまま返してやるよ」
声をかけて来たのは、幼稚園の時からずっと同じ学校に通っている、
言うなれば腐れ縁と言うやつだ。
眉目秀麗、成績優秀、スポーツ万能で俺とは全く逆で男の俺から見ても羨ましいくらい恵まれた奴だ。
と言ったら、王道のラブコメ界隈なんかじゃ、絶対女の子からモテモテなんだろうが、実際のところそうじゃないらしい。
何故なら彼には、親友の俺以外、親でさえも公言できない特殊趣味があるからだ。
特殊趣味と言えば、今時ならシスコンとか、同性愛者とか、熟女趣味とか、そんなのを考えるかもしれないが、彼の場合、そうじゃなかった。
だから、特殊趣味と言われているし、親でさえも公言できないのだ。
と、少々引っ張りすぎて申し訳ないが、この辺りで彼のその特殊趣味とやらをお教えしよう。
二宮雄二、彼の特殊趣味と言うのはそう、【珍苗字の人しか愛せない苗字フェチ】なのだ。
「それにしても、あれだよなぁ。お前、黙ってれば絶対女の子にモテるのに、勿体ないよなぁ」
「まーた、その話か。いいんだよ、俺はこれで。苗字フェチなのは、判子屋の生業としてる親の影響だし、世の中には、色んな珍しい苗字の人がいっぱいいるんだから、焦って彼女なんか作る必要もないんだよ」
これは、雄二の昔からの口癖である。
こうやって選り好みできるのも、イケメンである彼だからこそできる贅沢なのだろう。
俺なんか、選り好みしなくても、彼女なんてできないのに。
あーあ、自分で言ってて悲しくなって来た。
「人に言うけど、お前だって大概なの分かってるか?今時、ドラマや漫画みたいなラブコメをしてみたいなんて」
「そんなことないよ!俺だって、いつかは、王道ラブコメな恋愛ができる時が来るんだよ!」
「とか言ってるうちに、独身のまま、爺になったりしてな」
ははは、と空笑いしてスルーしたが、なんだか本当にそうなりそうな気さえするから本当に怖い。
「じゃあ、俺、クラス隣だから」
「おー、また昼にな!」
そう言って雄二と別れた後、俺は少し緊張しながら、教室に入ると、クラスの女子達がなにやら噂話をしている。
「ねぇ、聞いたー?今朝、学校に来る途中で、バイクに乗った女の子がいるって話」
「聞いた、聞いた!なんかうちの学校の生徒みたいだけど、ヤバくない?てかうち、バイク大丈夫だったっけ?」
君達、入学される前にルールブックは読んだかい?
一応、許可を取ればバイク通学は可能となっているぞ。
それよりも、その女なら俺は知ってる!何故なら、俺も今朝すれ違ったからだ。
と言うか、やっぱ女の子だったんだ。
この学校の生徒だったら、会えるかな。
ラブコメだったら、転校生で、「あー!あんた、さっき会った奴!!」とかってなるんだろうな。
などと期待を胸に膨らませていたが、結局その女の子とは会うことはなかった。
「ああ、俺も聞いたよ、バイクに乗った女の子の話」
その翌日、昼飯時に雄二に弁当をつつきながら、噂の女の子のことを聞いてみた。
結構、噂になってるらしい。
「なんか、バイク通学してるのはその子だけみたいだから、すぐ分かると思ったんだけど、実際、まだ名前すら分かってないんだよな」
「昨日、家に帰ったら、兄貴達もその話で持ちきりだったわ」
「やっぱり、分かんないの?名前とか」
雄二は、知らないと首を横に振ったその時だ。
「雄二君、みっけー!」
バァン!と鉄のドアが勢いよく空いたと思ったら、耳をつんざくような甲高い声が屋上に響いた。
雄二は、げ、と明らかに嫌そうな顔をしている。
「げ、とは酷いなぁ!せっかくお弁当一緒に食べようと思って、わざわざ会いに来たのにぃ!」
彼女は、ずかずかとこちらに向かって歩いて来ると、お構い無しに雄二の目の前に立ちはだかって、文句を言っている。
それにしても、こんな可愛い子に追いかけられておいて、げ、とはなんて失礼な奴なんだ!
俺なんて、生まれてこの方、女の子に追いかけられたことなんて、ないぞ!!
「で、誰?その子」
俺は、冷静さを保ちながら雄二に問いかける。
「ん?あたし?一年A組、三ノ
雄二に聞いたのだが、本人が変わりに答えてくれた。
こんな可愛い子と同じクラスだなんて、ますます羨ましいぞ!
彼女は、お構い無しに俺の隣に座ると、早々に弁当を広げ始めている。
俺のことは何も聞いてくれないのは、少し寂しい。
いや、ちょっと待て、そうじゃない。
良く考えろ。何故、雄二の隣じゃなくて、俺の隣なんだ?
雄二が好きなら、普通は雄二の隣に座るものじゃないのか?
女心は良く分からん。
「なんか、悪いな…」
「いや、いいよ。いつものことだし」
ははは、と空笑いしながら、俺は場を凌ごうと卵焼きを頬張っていると、ふと一つの疑問が俺の頭の中に生じた。
この三ノ宮三琴と言う子は、雄二の特殊性癖を知っているのだろうか?
雄二のこの反応を見る限り、知っていたところで、彼女の想いが報われるとは思わないが。
「ねぇ、聞いてよ!雄二君てば、酷いんだよ!入学してからずっとアタックしてるのに、全然応えてくれないの!君からも何か言ってよ!」
あの、君じゃなくて、ちゃんと名前があるのですが。
雄二は、不愉快そうに溜め息をつくと、三ノ宮を軽く睨み見た。
「あのなぁ、何度も言ってるけど、俺は自分が好きだって思った子としか付き合うつもりはない。だから、悪いけど、君とも付き合う気はないよ」
あーあ、フっちゃった。
こんな可愛いのに勿体ない。
俺だったら、喜んで付き合うのに。
「…酷いよ。雄二君。なんで、あたしじゃダメなの?こんなに好きなのにっ!」
三ノ宮は、目に涙を溜めながら、雄二に訴えかける。
やっぱり、いつ見てもフラれるシーンと言うのは、見ていて辛い。
さすがの雄二も、これには参っているだろうと思って顔色を伺ってみたが、表情は変わらずだ。
「ごめん」、とだけ言うと、三ノ宮は食べ掛けの弁当を包み直し、涙を拭いながら、走り去って行こうとしたその時だった。
ガチャン!
少し大きめの金属の塊が、コンクリートに落ちる音がした。
「あ、待って!」
慌てて引き留めようとしたが、三ノ宮は、気にも止めず全力で階段を降りて行った。
三ノ宮が落とした金属音の正体、それは、鍵のようだった。
しかも、これは家の鍵や自転車の鍵ではなく、そう、車かバイクの鍵のようなのだ。
俺はこの時、ある一つのことが脳裏に浮かんだ。
そう、例のバイクの女だ。
もしかして、彼女が俺が探していた、女なのだろうか?
そんなことを考えているうちに、昼休憩が終わりを告げた。
午後の授業を受けている最中でも俺は、バイクの女と三ノ宮三琴のことで、頭がいっぱいだった。
俺の好みとは全く違う、明るい茶髪で、化粧もしっかりしてて、あまり肉の少ない、平均的な体型だけど、可愛いことには間違いないし、なんなら、既にファンもついているのではないかと思うくらいである。
よく考えれば、これも王道ラブコメと同じパターンではないだろうか?
ずっと好きだった女の子が、同じ鍵を持っていて、廊下で鍵を落として、まさか君が、あの時の女の子だったのか?と言う、アレだ。
その女の子は、ずっとその男の子を想い続けていて、他の男の子を好きになったりはしなかったが。
でも、こんな展開も悪くない。むしろ、全然いい!
俺の脳内は、既に、三ノ宮三琴とのあんなことやそんなことを妄想するので忙しく、授業なんか全く耳に入って来なかった。
放課後、三ノ宮三琴が自ら俺のクラスにやって来た。
やっぱり、人気らしく、クラスの男子達の視線が突き刺さる。
「さっきは、ごめん…。なんか、恥ずかしいとこ見せちゃって…」
さっきとは対照的な、潮らしい態度に、ギャップを感じてしまい、うっかり恋に落ちそうになるのを押さえた。
「いや、いいよ。それより、これ…」
そう言って、俺は、例の鍵を手渡した。
「ありがとう。これがなかったら、帰れなかった…」
彼女が言うには、やはりこれは車ではなくバイクの鍵だそうで、数少ないバイク通学者の一人だそうだ。
それじゃあ、と三ノ宮が身を翻した時、俺は慌てて引き留めた。
「あ、あの、バイク通学だったら知ってるかも知れないけど、入学式の時に、パンを咥えて走ってなかった?」
三ノ宮は、ピタリと止まると、ゆっくりと話し出した。
「悪いけど、なんのことか、分からないな」
俺はがっかりした。
何故なら、俺には彼女こそがバイクの女だと、信じて疑わなかったからだ。
「逆に聞くけど、もしあたしがそのバイクの女だったら、どうするつもり?」
「え…っ」
意外だった。
まさか、こんなことを聞かれるなんて、思ってもみなかったし、考えもしなかった。
言われてみると、彼女の言う通りだ。
もしバイクの女と会ったところで、どうするつもりだったんだろう?
付き合えるとでも思っていたのだろうか?
狼狽えて、何も言えない俺に、彼女はふっと笑みをこぼすと、腰を折って俺の顔を覗き込んだ。
「だーから、あんたはモテないんだよ。嘘でも、付き合いたい、くらい言ってみなよ」
「えっ?!」
「なーんてね。じゃーねー!」
三ノ宮は、驚いてる俺に、冗談めかして舌を出すと、軽く手を振って去って行った。
放課後、雄二は別の用事があるので、一人で下校をしている途中、なんとなく、駐輪場に視線を向けた。
そこには、バイクが十台程並んでいて、その中の一代に、三ノ宮三琴が跨がって、ヘルメットを被ろうとしていた。
「おや、あんた、さっきの」
「さっきの、じゃない。一色一馬だ」
俺は、先程とは違って、少し強気な態度で自己紹介をした。
三ノ宮は、メリットを被ろうとする手を止めると、口角に弧を描いた。
「良かったら、一緒に帰んない?後ろ、乗せてあげるよ」
これまた意外な対応で、情けなくも俺はまたすっとんきょうな声を上げて驚いた。
てゆーか、ニケツはともかく、ノーヘルはさすがに違反ですよ、お嬢さん!
「あ、大丈夫。メットなら二つ持ってるから」
用意周到とはまさにこのことで、彼女は椅子の中かららメットを取り出して、俺に差し出した。
ここまで来たら、俺も断る理由もなく、大人しくメットを受け取った。
「よ、宜しくお願いします…」
「OK。しっかり掴まっててよ!」
ブオン!と勢い良くエンジンをふかすと、俺を乗せたバイクは颯爽と走り去って行った。
初めてバイクに乗った俺は、見る景色のなにもかもが新鮮に見えた。
いつも通る道なのに、バイクで走るとこれまた全然空気感が違い、全身で風を感じるそれは、なんだかテーマパークの絶叫マシーンにでも乗ってるかのようだ。
「どう?気分は?」
「すっげぇ気持ちいい!なんか、ジェットコースターに乗ってるみたい!」
「でしょ?あたし、この感覚が好きだからバイク乗ってんだ!嫌なことも全部忘れられるしさ!」
うん、なんか分かる気がする。
でも、彼女の嫌なことって、もしかして、昨日、雄二に振られたことかな?
なんて、口が裂けても言えないけど。
それから、約十分くらい、彼女とのドライブが続いた。
その後、二人はずっと無言で、ただただ、二人のドライブも楽しんだ。
俺は、ふとある疑問が脳裏に浮かんだ。
そういえば、彼女はどこに向かっているんだろう?
今更ながら、自分の家を教えていないことに気付いた。
彼女が、大通りの交差点を右に曲がると、住宅街に入って行った。
二階建ての家が何軒も密集している。
彼女が、不意にブレーキをかけて、一軒の家の前に辿り着いた。
「着いたよ」
「着いたって…?」
いやいや、着いたって、一体どこに着いたって言うんだい?こんなとこ、俺は全然知らないよ!!
彼女は、バイクから降りると、インターホンを鳴らした。
表札には、
雄二が好きそうな名前だなぁ、なんて思っていると、玄関のドアが開いた。
そこには、見たことのない、三ノ宮とはまた違った大人しそうな女の子が立っている。
「えっと…?」
全く意味が分からず、ただただ混乱していると、三ノ宮の口からとんでもない台詞が飛び出した。
「紹介してあげるよ。
「え?」
えぇえぇえ?!
俺は、びっくりしすぎて声も出なかった。
想像していた女の子とは、全く違ったのだ。
もっとこう、派手なギャルっぽい感じで、髪も染めてて、化粧もバッチリで、ピアスとかもしてるような、そう、まさに三ノ宮みたいな感じの子をイメージしてたから、かなり意表をつかれてしまった。
「あ、あの、俺、この前通学中にすれ違ったんだけど、覚えてませんか?」
四方山は、突然、顔を赤らめて俯いた。
この反応は、もしや、脈ありか?!
「お、覚えてます…。なんとなく、ですけど…」
やっぱり!
まさか、本当に会えるなんて思ってなかった!
そして、こんな、可愛い子だと思ってなかった!
ありがとう、神様!いや、三ノ宮様!!
「そ、それじゃあ、失礼します!」
四方山は、恥ずかしそうにそう言うと、さっさと奥に引っ込んで、扉を閉めてしまった。
「あはは、ごめんねー。しーちゃん、恥ずかしがり屋だから」
「ううん、でも、会えて良かった。ありがとう…」
三ノ宮は、ふっと口元に弧を描いたが、俺は何故だかそれが、寂しそうに見えた。
「もう気が済んだでしょ。行くよ」
三ノ宮は、再びバイクに跨がると、ヘルメットを被った。
「あの、俺の家、なんだけど…」
俺も、慌ててバイクに跨がりヘルメットを被る。
「あの、俺の家なんだけど…」
途中まで言いかけたが、ヘルメットを被っていて聞こえないのか、エンジンを吹かして颯爽と夜の道を走り出した。
五分くらい走ると、見慣れた景色が近付いて来た。
そう、俺のアパートがある、いつも通る場所だ。
しかし、何故彼女がこの場所を知っているのだろうか?
全然教えていないのに。
もしや、雄二に聞いたのか?なんの為に?
グダグダと考えていると、三ノ宮は、俺のアパートの前で止まった。
「着いたよ。ここでしょ。あんたの家」
言われてみれば、その通りなのだが、何故、それを知っているんだ?
三ノ宮は、暫し黙ってから、口を開いた。
「今日、雄二君に聞いたんだ。実は、そん時から一緒に帰ろうと思ってたからさ」
なるほど、やっぱりそう言うことだったのか。
「でも、なんで?三ノ、みや、さんって、俺と初対面だし、雄二のことが好きなんだろ?だったら、雄二を誘えば…」
ここまで言ったが、三ノ宮はまた寂しそうな顔をしたから、それ以上言えず口をつぐんでしまった。
「いいじゃん、なんでも!あんたが探してる、バイクのあの子にも会えたんだし!そいじゃあねー!」
三ノ宮は、まくし立てるようにそう言うと、エンジンを吹かしてさっさと帰って行った。
翌朝、いつものように昼食を取ろうと屋上に行くと、そこにはなんだかえらく締まりのない気持ち悪い顔をした雄二と、バイクの女こと、四方山四穂が弁当を食べていた。
「よぉ、一馬!聞いてくれよ、実はさー!」
「いや、いい。それ以上は」
子供の頃から十数年も付き合ってるんだ、言わなくとも分かる!
彼女が、できたんだろ?!
相手は俺が探していた、例のバイクの女、四方山四穂!
お前が好きそうな、珍しい苗字の女だ!
俺が好きになった子は、お前が好きになることなんて、今まで何回経験して来たと思ってんだ!
言わなくとも、お前の表情で全部分かるよ、この野郎っ!!
「いやぁ、なんか悪いなぁ!この子だったんだろ?噂のバイクの女って!」
「みたいだな。それが何か?」
「それがさぁ、昨日、学校の帰りに告白されてさ!いやぁ、びっくりしたよ、こんなにも早く、自分好みの子に会えるなんてさぁ!」
はいはい、そうですか、そりゃあ良かったですねぇ!
ぶちギレそうになるのを、グッと堪えると、俺はすぐ冷静になって、昨日のことを思い出した。
「そういやお前、三ノ宮に俺の住所聞かれたんだってな。昨日、本人から聞いたよ」
雄二は、豆鉄砲をくらった鳩のように、目を丸くした。
「え?」
「え?って、お前が教えたんだろ?俺の家」
「知らねぇけど?」
「え、だって、三ノ宮がそう言って…」
そこまで言いかけると、俺はようやく一つ疑問が、推理ドラマの探偵のように、解けて行く感覚を覚えた。
三ノ宮三琴、そういえば、彼女は最初から、なんか全部変だった。
雄二のことが好きな筈なのに、俺の隣に座ったことも。
バイクの鍵を落として行ったのも、今思えば、わざと落として行ったような気もするし、会ってまだ名前すら知らない俺と一緒に帰ろうとしたことも、良く考えれば全くもって謎なのだ。
でも、分からない。
彼女はなんで、俺の気を引くようなことをしたのだろう?
今まで会う女の子は皆、雄二を好きになるのに。
「ごめん!用事思い出した!」
俺は居ても立ってもいられず、まだ一口しか食べてない弁当を片付け、走り出した。
目的地は、言うまでもなく三ノ宮三琴がいるクラスだ。
俺は、全力疾走した勢いのまま、教室の扉を開けた。
あまりの勢いに、クラス全員が驚いてこちらを見ている。
だが、今はそんなことはお構い無く、三ノ宮を探すと、ズカズカと大股で彼女との距離を詰めた。
「どっ、どうしたの?」
俺は、その質問には答えず、一心不乱に彼女の腕を掴むと、無理矢理教室を出た。
「ちょっ、痛いって!どこ行くの!」
俺は、あまりにも必死だったものだから、彼女の声なんて、聞こえやしない。
聞いていたとしても、どこに向かっているのかなんて、俺でさえ分からない。
ただ、彼女と二人きりで話がしたいから、二人きりになれるとこならどこでも良かった。
「ねぇ、聞いてんの?ちょっと!あんた…っ、一馬ってば!!」
名前を呼ばれてようやく、と我に帰ると、少し呼吸を整えて、ゆっくり口を開いた。
「あはは、会ってすぐの女の子に名前で呼ばれたのは初めてだよ」
「…本当に、そう思う?」
ゆっくりと振り返ると、彼女は、また、あの時と同じ寂しそうな顔をしている。
「だって、俺と君は初対面の筈だよね?」
彼女は、少し黙ってから口を開いた。
「本当に覚えてないんだね…。まぁ、仕方ないね。だって、苗字変わってるもん。見た目だって。でも、それでも下の名前だけで、分かってくれると思ってたんだけどなぁ…」
そこまで言われて、ようやく目が覚めた。
三琴…。
この名前で気付くべきだった。
彼女はそう、昔、幼稚園の頃両思いだった、幼馴染みであると言うことを。
中学二年生の頃に転校したきりだったから、まさかまた会えるなんて、思いもしなかった。
「斉藤三琴…」
「やっと、思い出した?」
先程まで寂しそうだった彼女の顔が、少し明るくなった。
「親の都合で転校してから、全然連絡くれないし。高校は絶対一馬と同じ学校に行こうと思って頑張ったんだよ?」
そういえば、三ノ宮はスポーツは得意だったが、勉強はからきしだった。
俺だって、人のこと言えた立場ではないが、俺と同じくらい勉強ができなかったし、この高校に入れたのも、全部雄二のおかげと言っても、過言ではないくらいだ。
三ノ宮は、手を放して体を九十度反転させると、天井を見つめながらこう言った。
「ねぇ、一つ、聞いていい?」
「何?」
「今でも、一馬のことが好きって言ったら、どうする?」
「えっ…」
思いもよらなかった。
だって、王道ラブコメなら、昔好きだった幼馴染みが今でも好きだったとしても、報われることなんてないのだ。
最近大人気のあの、ハーレムラブコメ漫画だって、そのセオリーを破ったと、絶賛されたが、ドラマ、映画、漫画とありとあらゆるラブコメを見て来た、自他共に認めるラブコメオタクの俺から言わせて貰えば、あの漫画の主人公の幼馴染みは、ゴールインしたあの子ではなく、同じ学校に通っていたあの子だと推測しているから。
もちろん、何言ってんだお前ェ!!なんて声も聞こえて来そうだし、物申したい連中は、是非受けて立つので、いつでも来るがいい!
もれなく、ラブコメオタクに認定してやる。
話はずれたが、つまり、幼馴染みだった恋人同士だった物達が、再開して寄りを戻すなんてことは、王道ラブコメではあり得ないことだ。
「あたし、今まで一時も忘れたことなかったよ?一馬のこと。一馬は、違うの?」
「そ、それは…」
思わず、動揺した。
言われてみれば、俺だって、三ノ宮のことを全く忘れた訳ではない。
でも、三ノ宮みたいに一途だったかと聞かれたら、イエスとは言えないのも本音である。
それに、これは言い訳にしか過ぎないが、俺の知ってる三ノ宮三琴、もとい斉藤三琴は、昔こそこんな髪色ではなく、俺好みの黒髪のストレートヘアで、スポーツはこの頃から得意だったものの、バイクを乗り回すような子ではなかった。
だから、約二年も離れていて、こんなに変わってしまった彼女を、一目見て分かる奴なんて、いるんだろうか?
「おっ、俺は!確かに、お前が転校してから、お前のこと全く忘れた訳じゃない!でも、苗字が変わったくらいで、すぐに思い出せなかった俺に、また三のみ…三琴と付き合う資格なんて、ないよ!」
彼女は、ふっと笑みを浮かべて振り返ると、コンクリートを蹴り、勢い良く俺に飛び付いて来た。
俺は、突然のことで、受け止めきれず、情けなくもそのままコンクリートに転倒した。
「じゃあ、あたしが今、また恋人に戻ってって言ったら、戻ってくれる?」
少し、躊躇った。本当にいいのだろうか?俺なんかで…。
「一つ、聞いていい?」
「何?」
「なんで、髪、染めたの?俺が黒髪ストレート好きなの、知ってるくせに」
三琴は、一瞬押し黙ると、顔を伏せた。
「試したかったの」
「試す?」
「どれだけ変わっても、三琴って名前と、声や振る舞いだけで分かってくれるかどうか」
なるほど…。普通は、好きな人の好みに合わすもんだが、どうやら三琴はそういう種類の女じゃなかったって訳だ。
「そして…」
三琴、暫し間を持たすと、真剣な表情で俺を見つめた。
「全く好みじゃないあたしでも、好きでいてくれるかどうか」
息を呑んだ。そんなことまで考えていたのか。
確かに、叶うのならば、俺だって自分好みの女と付き合いたいと思う。
いや、これは昔からのもう一つの願望でもある。
しかも、全然、王道なラブコメなんかじゃないし、全然普通な出会いだし、好みとは全く逆な彼女だけども…。
「俺でよければ、宜しくお願いします」
人生なんてものは、いつも自分の思い通りに行かないものだ。
三琴と出会って、改めてそう思う。
でも、十何年も俺のことを変わらず好きでいてくれる人がいる、それがなにより大事なことだと思った春だった。
【完結】お約束な彼女が全然お約束じゃない!! 紅樹 樹《アカギイツキ》 @3958
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