ウァサゴの心臓
@asabee
第1話 あの日
ガチン……ガチン……
極めて一定のリズムで金属と金属のぶつかるような音が鳴り響く。錆びついた鉄でできた工場は、はるか昔に作られた物らしく、ところどころ布切れで雨漏りを防いでいる。
ここは『アグメディラ』。世界でも有数の産業国だった国だ。しかし、開発当時の人間がいないほどの、昔の設備しかない。
工場から少し離れた場所にある山小屋で、一人の少女が目を覚ましていた。
起きる時間は工場の動き出す音と同時。たまに工場がしまったりしていると起きれない。
「う〜〜ん……」
ガサゴソと音を立て、重いまぶたを擦りながら布団を出た。
「眠……。」
一人で文句を言いつつ、一度起きたら寝れないタイプなので観念して部屋を出る。
軋む狭い廊下を進み、階段の下から香る匂いを辿る。
「おはよう、お父さん。」
「お、おはよう。」
父とすれ違うようにして洗面所へ向かう。
軽く水をかけるだけでも大分眠気が覚め、顔を軽く拭くと居間へと向かった。
「早く食べな。」
父が目玉焼きとソーセージを載せた皿を机におき、少女に食べるよう急かす。
「今日も遅いの?」
「いや、今日は早めに終わりそうだから、ご飯は作っとく。」
父と子の他愛の無い会話をしつつ、食事をする。
「なんか太陽見えないと憂鬱だね。」
少女がそう言うと、父も曇り空を見見上げて、「そうだな」とでも言いたげな顔をした。
「ごちそうさま。」
いつのまにか朝ごはんを食べ終えた少女は自室に戻ると、制服を着て再び廊下に出た。
「行ってきまーす。」
玄関前にあるコート掛けにかけてある茶色のコートを着ると少女は外に出た。
ドアを開けると一人の同じ学生服を来た少女がこちらを見ていた。
「ハルカ…今日も早いねぇ。」
勢いよくドアを閉めると、少女はハルカと呼ばれた学生に駆け寄る。
「いや……今日はツジが遅かった。」
ハルカが反論すると、少女はまぁまぁ、となだめながら雑談を持ちかけた。
『二心』の表札が掲げられた敷地を飛び出た。
少女の名は『二心ツジ』。
この物語の…原点であり主人公でもある少女の名は、そういった。
〜〜〜
「3048年、つまり二十年前にようやく終結した戦争…。いわゆる『第三次世界』と呼ばれる物ですね。」
近代の授業を聞き流しながら、ツジは窓の外を眺めた。曇った空を見上げながら当時の様子を想像する。
―ーーーー
第三次世界勃発の原因は未だによくわかっていない。当時世界は混乱を極めていた。地球規模での巨大地震や、戦争の戦線拡大などが続き、各地域の強国が自国を守るために起きた戦争だ。勝利した国では最早回復の兆しが見えているが、成長途中だったこの国では、はるか昔作られたような物を再現する程度のことしかできなかったのである。
そして…今。
ーーーーー
「いやー今日も授業クソつまんなかったわ〜。」
ツジがいつもどおりの会話を繰り広げる。最早恒例行事のようになっているのは良いことなのか悪いことなのか…。
「午後は完全に寝てたしね。」
そういうハルカは午前中からずっと寝ていたのが気になるのだが…。学校に枕を持ってきていても教師に注意されなくなるほどいつものことすぎて触れる気も起きない。
「それじゃ、バイバイ。」
いつもどおり、同じ分かれ道でツジとハルカは別れた。夕日に照らされながら手を振るハルカを見ていると何だか和む…。そんな事を考えながら自身の家に鍵を刺す。
バサッ………
「え…?」
鍵を回した瞬間、鍵を刺す場所ごと周りの木が取れた。断面は腐食されたようにボロボロになっていて、理解のできなさに拍車をかける。
「くっさ!?」
そこから溢れ出る異臭に思わず鼻をつまむ。
ギギギ………
そもそも鍵はかかっていなかった。
鍵穴を取られた勢いでドアが不快な音をたてて入って来いと誘う。
泥棒やそれに準ずる者の存在を予感し、恐怖からか数歩後ずさった。
「逃げなければ。」本能的にそう感じる。何が起きているのかわからないならば尚更だ。
「逃げ…逃げなきゃ…!………!?」
声にその決意をあらわにするが、すでにそれは曇りつつあった。完全に開ききった扉の向こう側…そこに
「血だ…。」
血が、居間へと続いていっていた。
「お父さん…?」
今朝の発言を思い出して最悪の状況を想像する。そして次の瞬間、
「お父さん!!!!」
考えるよりも先に、足と腕が動き出していた。
風でだんだん閉まっていく扉を押しのけ、土足のまま家へと入る。
(馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿!!!何やってんの!?!?ほんとに何してんの!?)
心の中で拮抗する、真反対の心がツジは嫌いだった。『あの日』、決められなかったせいで…。身体と心が矛盾しているからか、階段で若干こけそうになりながらその血を辿る。
血の道は父の自室へと繋がっていて、そこからの異臭は一際強かった。
「うっ!?」
吐き気を催しながら、勢いよく父の部屋へと突入するツジ。
バン!!!
「!?」
強い逆光に目を潰される。
しかし、そこにあった黒い陰に集中してすぐさま目を逸らす。
よく見ると、陰の後ろ…というか、この部屋の壁がなくなっていたのだ。そして次に目に入ったのは、赤い血の池。そして…
「お父さん!!」
血の池の中心にいたのはツジの父親。
そしてその上に、髪の長い女の陰があった。
「誰?あなた…。」
物静かな言葉で話しかけてきたその女は、何故かガスボンベのような物を背負い、そこから伸びるホースが、口に装着されたガスマスクへと繋がるっている装備を装着していた。
元々来ているのは軍服だろうか。しかし異常にボロボロで、ところどころ破れている。何よりも目を引くのはその装飾。骨?だろうか、濃い黄色の軍服を趣味悪くさせていた。
女は立ち上がると、呆然と虚空を見つめて少し考えると、自身の疑問を勝手に解決した。
「あぁ、あなたが…こいつの娘か。」
「誰…?」
「え?あぁ、あなたには何も聞いてないから安心して。問題は、あなたが『器』かってこと。」
「は…?」
器…?この人は誰だ?なぜ壁が無い?なんでこの人と父親はここにいて父親は死にかけている?
理由のわからないことが続いてツジの顔に?マークが浮かびまくる。
「まぁ…とりあえず確かめるために……死んで。」
女は腰に手をやると、腰につけてある小さなガスボンベのような物を投げつけてきた。
ガンッ!!
金属特有の音が鳴り響き、中の気体が溢れ出てきた。何かとてつもなく致命的にやばいと、本能で感じたツジは、いきなり父親の方へ走り出した。
「助けるって決めたんだ……。逃げたりなんかするかよバーーーカ!!!」
父の腕をひっつかむと、壁がないことを利用して飛び降りる。
「あらら…。馬鹿な事を…。」
その様子を見ながら、上から見物する女。
ザッ
ツジの足が地面につき、足を挫いたことを自覚する。
「いっ…………」
とんでもなく痛いが、歯を食いしばりなんとか我慢する。
「能力は今、発現する。」
女がそう呟いた瞬間、父の胸の傷から黄色い霧のような物が噴出しだした。
プシュゥゥゥゥゥ………
高速で射出される水蒸気のようと言えば伝わるだろうか。ツジは思わず右腕で防御する。
霧は全て右腕にかかり、その瞬間から腕が腐敗しだした。
「いっ…!?」
痛いと言いかけたが、不思議と痛みは感じられない。しかし、自身の腕が食べ物のように腐り落ちるのはいい気分ではない。
なんとか避けようとするが、顔にかかったら致命的なのは誰の目にも明らかだ。
「ー!?」
その光景を眺めていた女が、顔色を変えてにっこりと笑う。
目元だけでも…いや、目元だけだからこそ、いいしれぬ気持ち悪さと不快感を与えてきた。
「いいじゃない、あなた…。『アカボネ』ね。」
「誰だよそいつ…。」
焦りと動揺でゼイゼイと言いながらツジは言い返す。
気がつくと、ツジの右腕は骨以外完全に腐食されきっていた。
「何…?これ…………?」
異様な光景に呼吸が更に荒く、不安定なものになる。
途切れ途切れの息で声を出そうとして、呂律が回らない。
通常ならばあり得ない光景。
信じ難い光景だが、『露出した骨が、赤く光輝いていたのだ。』
常識的に考えて骨の赤い生物などいるものなのか?仮にいたとして……人間の骨の色は白。異常な光景に変わりない。
ブシャ
「ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙っ!!!!」
女が操作しているのか、霧が止まった途端に血が溢れ出てきた。しかも痛みも出てくるというおまけ付きだ。
「騒がないでよ…。寝不足だから頭痛がすんのよ。」
ズレた発言をしてるのは意図しているのか分からないが、その態度がツジの神経を逆撫でする。いや、今女が何をしても苛立つのは変わらない。
もはや今の感情は父を刺された怒りだけでない。感情の高ぶりも味方して、ツジの今の感情は『憎悪』と呼べるものへと変貌を遂げていた。
「……す……」
「え?」
「ころ……す……………!!!!!」
これ以上ない、純粋な殺意。グチャグチャにされたいくつもの感情の波は、互いにうまく噛み合うことで生物原初の感情へと変貌を遂げていた。
「殺す、か……。」
それを受けて女の顔がまた変化する。
「良いね…面白い!」
欲しかったおもちゃを手に入れた子供のようにはしゃぐ女。
「あ、そう言えば自己紹介してなかった。それじゃあ殺すも何もないのにね!ははは!」
情緒が不安定なのか姉のような包容力のある声に変わると、
「私の名前は死霧オボロ。あなたの命の恩人。」
「は…?なんで…?」
要するに見逃すと言うことか…?今までの行動を鑑みると、意図が掴めない。
オボロが二階から飛び降りる。ツジの目の前に立つと、なんの悪びれもなくこう言い放った。
「面白いやつを殺すわけないじゃん?」
本人は楽しそうにしている。
『快楽で人を殺している』。
疑いようのない事実だった。
…意識が薄くなっていっている。
いよいよ会話ができなくなってきたツジの様子を察知したのか、オボロは
「これあげる。」
内ポケットから白い錠剤を物を取り出した。
「在庫が少なくなっちゃうけど…、これでとりあえずは死なないで済むよ。」
床に倒れているツジに合わせて、オボロも屈んだ。
「やめ…何を……。」
口に錠剤を近づけてくるオボロ。毒か何かかと思い、ツジは全力で後ろに反る。
捻挫で足がうまく動かないのに加え、今大量に血が出たのだ。まともに動けるはずがない。
「ほら、飲んで。」
抵抗し続けるツジに嫌気が差したのか、語彙が強くなる。
「飲め。」
意識が薄れ始めながら、ツジはオボロにされるがままになった。
唇にオボロの体温が直接伝わる。
錠剤が口に入ったのも感じる。
「それじゃ、またこんど。」
ツジが完全に薬を飲み込んだのを確認すると、オボロは去って行った。
遠ざかる足音を聞きながらツジはまぶたを閉じ始めていた。
死ぬんだな…と、どこか確信めいた物が頭をよぎった瞬間…
ドクン!!!
「〜〜〜〜!!!!!!ーー!!!!?!?!」
全身を痛みが襲いだした。
心臓の中心から無数の針が生えて、心臓を掻き回されるような…日常において絶対出会うことのない痛みと相対していた。
しかし、ツジにとってはむしろ良かったのかもしれない。痛みの衝撃もあり、ツジはそのまま眠りについた。
花が咲くには、周囲の植物は無くならなくてはいけない。
…破壊の上に、創造は成り立っている。
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