死後写真屋
連喜
第1話
頼まれれば何でもやる。それが、フリーランスの悲しい性だ。
ある晴れた日曜日の午後。俺は都内にある貸しスタジオで写真を撮っていた。
コンクリートの打ちっぱなしのような無機質な空間だ。
照明を薄暗くすると、五割増しに美しく撮れる。
人気のスタジオだから、俺がそこに行くのは多分、十八回目だった。
「音楽かけましょうか」
俺はトークが苦手で、無音だと気まずかった。
「あ、はい」
俺はその人が選んだ曲をスマホで流した。ループ再生。途中で手を止めたくないから、延々と同じ曲を流す。それは、甘ったるく、かわいい女性のボーカルの声で、男の歌を歌ったものだ。俺は知らなかったけど、その人から教えてもらった。すごく好きなんだそうだ。
「不思議なほど覚えてる」「一人が怖い僕を」「残酷な運命が…」の歌詞が頭に残った。明るいテンポの曲だけど物悲しい感じもした。
俺はさっきからうんざりしながら、カメラを持って立っていた。そこに来てから三十分。まだ、まともな写真が一枚もなかった。一時間しか抑えていないけど、後が入っていないから延長はできる。俺は客が支払いを拒否しないか心配だった。
目の前の椅子には裸の女性が座っていて、胸元をベージュのショールで隠していた。その人とはその日初めて会ったのだが、Twitter経由で俺に連絡をくれたのがきっかけだ。確かに初対面の人の前で裸になるのは緊張するだろう。
七十代のおじいさんとかならともかく、俺はまだ現役の男だからだ。それが二人っきりで個室にいたら緊張しても当然だろう。
「恥ずかしがらなくても大丈夫ですよ。俺、ゲイなんで」
俺はいい加減、嫌になって適当に言った。
「え、そうなんですか?」
女性がほっとしたように笑う。そして、思い切ったように、手元の布をずらして胸元を見せた。全然そそられない地味なおっぱいなのだが、女性の方は男はみな捕食者だと勘違いしているのだから参る。
「じゃあ、撮っていきましょう」
俺は明るく言ってシャッターを押す。
もし、男のカメラマンが嫌なら、FacebookやTwitterで俺の写真を見た段階で連絡するのをやめるべきだったと思う。それで、おじいさんや女性の写真家に頼めばよかったのだ。俺は十年前の奇跡の一枚をプロフィール写真にしているから、何かを期待していたんだろうか。
ちなみに、その人は、乳がんで手術で乳房を切除する前に、ヌードを撮っておきたかったということだった。女性ならわかるという人が多いのかもしれない。
再建手術をすればそんなのいらないし、作り話だろうと思うかもしれないけど、再建はしないそうだ。理由はわからない。
ヌードは彼氏に撮ってもらえばと思うけど、いないから俺に頼んでいるのだろう。ちょっと気の毒になる。年齢的には三十代前半くらいで、顔的には中くらいのレベル。普通に彼氏ができて、結婚しそうな感じの人だ。病気というのは痛ましい。俺には何もできない。俺だった明日はどうなっているかわからないのだ。
その人は写真を撮り終わったら思い余って泣いてしまった。俺は何と声を掛けていいか迷った。俺が外から見た限りでは、その人が乳がんというのは全くわからなかった。
「体に気をつけてください」
俺はそれしか言えなかった。もっと気の利いたことが言いたかったけど、思いつかなかった。俺は愛想がなくて口下手なんだ。
***
俺は大学を卒業してから、普通に就職した後、写真の専門学校に入り直したというイマイチな経歴の持ち主だった。
イケメン写真家と言われた時期もあったけど、もう二十年も前のことだ。時間の残酷さを感じる。
一時は有名出版社でアルバイトもした。著名人やアイドルのインタビュー写真も撮った。写真のコンクールにも応募して、地方自治体の賞をもらったこともある。
しかし、今の仕事は誰でもできるようなものばかりだ。レストランの料理の写真、アパレルのネットショップの写真、芸能人の宣材写真、政治家の選挙ポスター、アダルト、ペット、結婚式、葬式、七五三等と死ぬほどつまらない写真ばかりだ。七五三の写真なんかは、優しいおじさんのふりをして子どもに媚びなくてはいけない。惨めだし本当に疲れる。俺は子どもが大嫌いだ。子どもは基本的に素直でかわいいのだが、愛想を振りまいている自分自身が嫌になってしまう。
もちろん、写真以外にも、ビデオ撮影、古い写真の修整や着色等、映像に関係あるあらゆることを手掛けていた。
それから、けっこう前からTwitterで、記念ヌードの撮影にも対応可と告知するようになった。理由はやっている人があまりいないだろうという理由からだった。意外とニーズはあるはずだと思っていた。
しかし、反響はあまりない。仮に女性がヌードを撮る気になっても、女性カメラマンを好むものだと思う。俺の客は熟女など年齢層は高めだった。正直言って俺は仕事としてやっているから、客に興味はなかった。お礼にごちそうしたいと言われたこともあるし、そういう付き合いが仕事につながったこともあるが、余計に虚しさが募ったのは確かだ。
そういう誘いも45歳くらいを境にぱたっとなくなってしまった。
さらに、コロナ禍の間に仕事が完全になくなった。
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