戦の終わり

 森を駆け抜け、年端も行かぬ少女は油断なくあたりを見渡す。弟の手をしっかりと掴み、必死に自分たちの村を探した。叫び疲れ、喉が痛む。走り通しだった少女と弟の体は泥だらけで、いつもなら叔母に雷を落とされて即、水に放り込まれるだろう。少女は、こんな状況にいながらも、どこかまだそんな日常がまた来ると思っていた。

 少女の黄色の目の端に赤々と燃える炎が映る。


「ここにいて」


 幼い弟にそう言い聞かせ、一人、狼へと姿を変えて炎の元へ向かう。その頭にあるのは、自分の生まれ育った群れと、仲間たち、そしてかけがえのない父親のことだった。

 けれど、少女を待っていたのは無残な光景だった。人間も人獣もあまたの死体が転がり、知っている顔も知らない顔も三者三様にただ、一片の生気もない。ひりつく喉を無理やり開き、掠れた声で少女は父親の名前を呼ぶ。わずかに立っている者たちは、まるで戦いに疲れたように、ただ親の姿を探す少女の声を聞き流していた。


「頭領は自害したよ。俺達を生かすために」


 どこからかそんな声が聞こえた。それが自分に向けられた物だと気づいたのは、しばらくたってからだった。気がつけば、少女は慟哭していた。その声は、痛々しく、鮮烈に、その場にわずかに残った生者の耳をつんざいていた。

 少女の慟哭に釣られるように、誰かが嗚咽を漏らした。その声の主が、人間だったのか、人獣だったのかは分からない。




陸奥年二十七年

明鏡国の王、ムツの死に伴い、八年に渡る鏡水の乱は終わりを告げる。その後即位した新王ギョクは、人獣の国、龍鐘国を認め、不可侵条約を結ぶ。この出来事が、明鏡国の動乱の時代の一区切りとなる。


『玉王記』より抜粋

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