マヤ ~episode 14~

 「真綾、来週末洋服見に行こうよ。」

家族で夕飯を食べていると、玲奈が言った。

「無理、土曜は部活で日曜は出稽古。花蓮と行ってきて。」

「えー、やだよ。花蓮全然真面目に選んでくれないもん。」

「仕方ないじゃん、なんて言おうがどうせ否定するんだから。」

「それは花蓮が適当に答えるからでしょ。ねえ、じゃあ再来週は?」

「無理。再来週もその次も部活。で、それが終わったら中間二週間前だから、無理。」

自分で言いながら、胸がムカムカしてきた。弓道、弓道、弓道、弓道、都総体までにスランプから脱せるはずがないのに。どうせ私は才能がないんだから。

「なんか最近真綾冷たくない?怖いんですけど。」

オーバーリアクションで怖がる玲奈を『ぎょろぎょろした』目玉で睨み付けると、

「玲奈がぎゃあぎゃあうるさいからでしょ、こっちはプレッシャーで頭が爆発しそうだっていうのに。」

私は冷たく言い放った。玲奈の綺麗な形の目を睨んでいると、また余計にムカムカしてきた。この間、デリカシーがないなぁ、と常日頃思っていたとある男子から言われた。

『大抵目大きい女子って可愛いけどさ、おまえってぎょろぎょろしててこえーだけだよな。妹は美人って有名なのに、似てなくて残念だったな!』

はいはい知ってますよ。どうせ私はブスですよ。何の才能もなくて、ブスで、いいとこなしじゃん。そのうえそう言ってきた男子に『は?あんたなんて私の半分も目開いてないくせに、どっちの方がましだと思ってんの?』って口に出して言い返せるようほどの、玲奈みたいな度胸もないし、『そう思うのは人それぞれだよね。言わせておこう。』と割り切れるほどの、花蓮みたいな寛容さもない。そのときは愛想笑いで繕って、心の中にイライラをためて、また自分で自分を傷つけることでストレスを発散する。あー、やっぱり私って、最悪の人種じゃん。

「真綾さ、最近イライラしてるのか知らないけど、うちらにあたってるのに自分で気づいてる?ほんと、見苦しいからやめてほしいんだけど。」

身内には超毒舌の花蓮がバッサリ言い放った。

「はいはい、ごめんね、ダサいお姉ちゃんで。」

「だから、そういうのがまじダサいって言ってんの。」

分かってる、言われなくたって分かってるよ。花蓮ならイライラをためるようなことなんてしないだろうし(あの娘は本当に昔から、何でもそつなくこなす)、玲奈なら自分の思ってることを全部一気に吐き出してけろっと出来るんだろうけど、私にはどっちも出来ない。だって私は不器用だから。

考えているうちにまた胸のムカムカがたまってきた。

「はい、分かりました。ごめんなさい。ごちそうさま。」

それだけ言うと私は急いで食器を下げ、上の階にある自分の部屋に駆け込んだ。あそこにいるとまた皆にあたりそうだったし、涙がこぼれてくるのを耐えられないって分かっていたから。


 部屋に入るなり、涙が頬をつたった。最近、自分は何に対して泣いているのか自分でもよく分からない。ただただ自分が嫌いで、泣きたくてたまらなくなるのだ。


 原因は沢山思いつく。中学生のときには部のエース、なんて言われていたほどの私が、都総体のメンバーが決まったのと同時にスランプに陥って立練でぼろくその成績しか残せなくなったこととか、成長期が止まってしまって横に大きくなるばっかりになってしまったこととか、自分が実は本当にブスなんじゃないかと思い始めたこととか、とにかく自分に自信を持てる要素が一つもないのだ。


 別にその原因が最近になって突然目につくようになったわけじゃない。体重だって増えたわけじゃないし、突然自分の顔が変化したわけでもない。ただ弓道が上手くいかなくなった途端、全てのことに対して自信を持てなくなってしまったのだ。

それで、心の中で思いっきり自分を罵る。最近なんて、私生きてる価値ないのでは?と考えている自分にふと気がついて、怖くなった。


 お母さんには『自分なんてどうせ、なんて、みっともないから思うのやめなさい』と言われ、お父さんには『自分は出来る、天才なんだって、少しくらいバカになってみなさい』と言われ、(このとき『言われなくても花蓮と違って昔から私はバカだし』ととっさに思った自分を嫌った)タッキーには『おまえは昔出来てたんだから、出来なくなるなんてことはないだろ。とりあえず今は心が弱いんだな。だから練習で中てまくって、外すわけないだろって思えるくらいにしろ』と言われ、皆そんな簡単に言わないでよ、と思った。素直に『はい、頑張ります』って思えない私は、やっぱりダメなんだな、と思う。そしてイライラがたまって、自分を罵って、そんなことしている自分にむかついて…という、負の連鎖。


これが、今の私だ。


 ふと顔を上げると、鏡の向こうに真っ赤に目を泣きはらした私が、間抜け面でこちらを見返していた。私は泣くとなぜか目の周りがパンダみたいに赤くなって、本当に不細工になる。可愛く泣くことすら出来ない自分に腹が立って私は枕を掴むと、思いっきり鏡の向こうの自分に向かって投げつけた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る