レナ ~episode 12~

 「最近亮、女の子の話しないね。」

帰り道、私はふと亮に言った。こんなに長い間、亮の口から可愛い女の子の名前が出てこないのは初めてだった。

「あー」

亮が少し難しそうな顔で言う。

「ちょっと最近本気出そうかな、と思って。」

私はぴたり、と足を止める。

「本気で好きな子出来たってこと…?」

「まあうん、そんなとこ。」

私の心臓がどきどきいっている。だいぶ本気なんだ、と私は思う。

「なんかライバルいるっぽくて、そいつが割と強敵で。」

「亮が負けるって、相手どんだけ最強なのよ…。」

私が言うと、亮が満足そうに笑った。

「そう言うってことは、俺がイケメンだと玲奈も認めるわけだな?」

「あんたがモテることは、認めるわよ!」

私は慌てて言った。亮に本気の好きな人ができたこのタイミングで、私の恋心を知られるわけにはいかない。

「ふーん」

亮が納得いかなさそうに言った。

「まあ、今はそれでいっか。」

何がどう良いのか分からない。女子からの自分の好感度を私で計ろうとしているのだろうか。

「誰なの?」

亮が真剣になる相手がどんな人なのか、知りたかった。

「言わない。」

亮が悩む間もなく言った。

「は?今までぺらぺら私に話してたくせに!」

「あれは忘れて。」

亮が頭をかいて言う。

「まじで、冗談だから。」

「今回は本気中の本気ってわけね。」

私は呟いた。

「どんな子かも教えてくれないの?」

亮が少し考える。

「まあ一番は、可愛い。」

私は気持ちがずしっと落ち込むのを感じた。それは私に一番当てはまらない言葉だ。

「俺のアホみたいな冗談で笑ってるときとか、その人が大事にしてる家族の話をしてるときとか、まっじで可愛い。普通に天使なんじゃないかって、思う。」

亮が女の子のことをこんな風に褒めるのを私は生まれて初めて聞いた。こんなに長い間、ずっと一緒にいるのに。

「あとは正義感が強いとことか、負けず嫌いなとことか…。」

今度は亮が足を止めたので、何事かと私は振り返った。驚いたことに、見たこともない真っ赤な顔で少しうつむいている。

「これ、思ったより恥ずいな。」

私は目の奥がきゅっとなった。亮のこんな顔を見たのも生まれて初めてだった。あの亮が動揺しているなんて。亮の心をこんなにも揺さぶれる、その子が羨ましかった。

「すごく、いい子なんだね。」

私は泣き出さないように懸命に堪えながら言った。

「亮にしては、良い人好きになったじゃん。」

「それどういう意味だよ。」

亮がふざけた調子で私を睨みつけて言った。そしてその後、あー、とうめき声をあげる。

「絶対に渡したくないのに、相手の男もいいヤツなんだよなぁ。」

「どういう風にいいヤツなの?」

私は自分が話さなくて済むように亮に話題をふった。自分が話すと、涙がこぼれてきそうな予感がしたからだ。

「まず、優しい。ユーモアもある。見た目は俺の方が良いかもだけど―」

それ自分で言うんだ、と心の中で思う。でも亮の自信満々な態度は今に始まったことじゃない。

「そいつだって普通にイケメンだし、スポーツもできるし、それに―」

ここまで言って亮が眉をひそめた。

「これが一番問題なんだけど」

亮が言う。

「俺の好きな人と、完全に趣味が一緒なんだよ。」

「あー」

私は納得した声をあげる。

「なるほどね。」

「いっつもその話かなんかで盛り上がって。俺は入っていけないし。」

不貞腐れたように亮が言う。亮の恋愛も一筋縄ではいかないようだ。

「亮とその子は全く趣味あわないの?」

「いや?」

亮がそれは否定した。

「普通に趣味は合うんだけど、俺はそんな深いところまで知らないんだよ。まあ、その趣味だって、俺が合わせにいってる、みたいなところは無きにしも非ずって感じなんだけどさ。」

案外、ボーイッシュな趣味を持つ子なんだな、と私は思う。亮は私と趣味が合う。そして私たち三姉妹は男兄弟がいないのにも関わらず、アクション系の映画やミステリー小説が好きだ。まあ私が知らないだけで、亮に別の趣味があるのかもしれないけど。

「やっぱ、趣味合う方がいいよな…?」

亮の問いに、私は驚きつつ反射で答える。

「そりゃあまあ、合うに越したことはないでしょうね。」

「だよなぁ。」

亮が大きくため息をついた。ため息をつきたいのはこっちなのに。

「ま、とにかくそれでもめげずに頑張るから、応援してくれよ。」

「はいはい。」

私はやっとのことでそれだけを言うと、亮に背を向けたままひらひらと手を振って家の扉を開けた。そして力が抜けたように、そのまま床に崩れ落ちた。

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