カレン ~episode 5~
無事中間が終わり、碓氷の特訓のおかげもあり私たちの成績は期待以上だった。結局テスト期間中私たち五人は毎日一緒に勉強をし、私と橘くんの距離は随分と縮まった。そしてテスト後、昼休みにベランダでお喋りする、なんてこともよく起こるようになった。
「あのさ」
橘くんが口を開いて、順々に私たちのことを見る。
「皆のこともっとちゃんと知りたいなって思うんだけど。」
「うむ、それは誠に大切なことだな。」
英治が眼鏡をクイッと押し上げて言うと、愛莉が読んでいたファッション雑誌から顔をあげた。
「何を知りたいって言うのよ。」
「あ、じゃあえーっと」
橘くんがなぜか私の方を向いて言った。
「好きな果物はなんですか?」
「入学したての小学生みたいな質問ね。」
愛莉がばっさり言った。
「だって突然何も思いつかなかったから…。」
「イチゴ!」
私は橘くんがいたたまれなくなって慌てて答えた。
「おいしいよね、イチゴ―」
「あー」
ここで英治が大きく咳払いをした。
「厳密には苺は果物ではなく野菜なのだが。まあいい、続けて。」
英治が仕方なさそうに肩をすくめてから、橘くんを振り返った。
「えっ?あ、じゃあ、好きな動物は?」
あっけにとられて英治を眺めていた橘くんは、はっと我に返って聞いた。
「鳥かな。」
愛莉が英治を横目で睨み付けているのを見守りつつ、私は答える。と、ここで
「はあー。」
大きなため息が聞こえた。みんなが一斉に音のした方を振り返ると、
「そんな大きなくくりで答えられても何も分からないじゃないか。それではウェルシュ・コーギー・ペンブロークが好きな人はなんて答える?『哺乳類』か?でもまあいい、続けて。」
「そんなに文句をつけるんでしたら、お手本を見せてくださる?」
愛莉が英治をキッと睨み付けた。
「いやあ別に、手本というのは、ないんだがね。まあいいだろう。」
ここでなぜか英治が照れたように頭をかいた。皆が妙にシリアスな表情で顔を見合わせる。
「僕の好きな果物はパイナップルオレンジで、好きな動物はバーニーズ・マウンテン・ドッグだろうか。」
「えーっとそれはつまり、好きな果物は『オレンジ』で、好きな動物は『イヌ』ってことでいいのかな?」
「だから言っただろう。」
英治が不審そうな表情で私を振り返った。
「僕の好きな果物はパイナップルオレ―」
「だからそれはもういいのよ!」
遂に、愛莉の堪忍袋の尾が切れた。
「そのパイナップルオレンジっていうのがパイナップルなのかオレンジなのかって聞いてんのよ!」
「キミ」
そんな愛莉に動じることなく、英治がおもむろに口を開いた。
「なによ。」
「やはり心的外傷後ストレス障害のカウンセリングを―」
「だからその話はもう終わってんのよ!」
愛莉がブチ切れた。
「心的外傷後ストレス障害?」
橘くんが困惑した表情で言う。私は苦笑いで答えた。
「あー、まあなんか色々あって、碓氷は愛莉が自分にきつくあたるのは、愛莉が過去のトラウマで眼鏡に恐怖心を抱いていて、それを未だに克服できていないからだって考えてるの。」
橘くんがもっと混乱した表情になった。言い争いを続ける二人を見て、菫がため息をついて別の話題提供を行った。
「皆文化祭の出し物何に応募する予定?」
二人がこれを聞いて口論を止める。
「私は文化祭委員だから、先にもう劇の担当に決まっちゃったんだけど。」
「僕は理科実験だな。」
碓氷が眼鏡を押し上げて言った。
「あら」
愛莉が言う。
「私は劇にするつもりだから、あんたがいなくて清々するわ。」
「この二人って不仲なの?」
橘くんが小声で私に耳うちする。私は苦笑いをした。
「不仲っていうか、むしろ喧嘩するほど仲が良い、的な?」
私が言うのを聞いて、橘くんが納得したように頷いた。
「花蓮はどうするの?」
菫が私に聞く。私の心はずっと前から決まっている。
「劇にしようと思ってるよ。」
「良かった。」
菫が嬉しそうに言った。
「橘も理科実験なんでしょ?」
愛莉が碓氷から橘くんに目線を移動させて言った。
「昨日野球部の男子と話してるの聞こえたけど。」
「あー」
橘くんが困ったように頭をかいた。
「でもまだ、はっきりとそう決めたわけじゃ…。」
なぜかもごもごと橘くんが言う。私は少し残念に思った。そっか、橘くんとは別か。
『キーンコーンカーンコーン』
予鈴が鳴って、皆が腰を上げる。
「じゃあ、またね。」
橘くん、菫、碓氷がA組の教室から出て行った。
「残念だったわね、橘と違くて。」
愛莉が私の顔を覗き込んで言った。私は頬が熱くなるのを感じる。
「べ、別に!?」
「そーお?」
愛莉が意味ありげな表情で私を見て、自分の席に戻って行った。
私は冷たい両手で自分の頬を冷ましながら考えた。私と橘くんはお友達。私は身分不相応な恋愛なんてしない。ブレーンなんか、好きにならないんだから。そうだよ、ね…?
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