【朝1番に福と富と寿を起こして】卒業式の朝、その後に

Bu-cha

1

高校3年、卒業式の朝





「・・・うっっっっま!!!」




今日で北海道へ行ってしまう朝人がカウンター席に座り、いつも通り頷きながら私が作った料理を食べている。




その姿を目に焼き付けながら笑い、朝人に言ってあげた。




「そんなに美味しいなら、朝人がおじいさんになっても私のご飯を食べさせてあげるよ。」




「それはありがたいやつ。

俺が結婚したとしてもこの店の近くに住む。」




その言葉には思わず大きく笑った。




「朝人、結婚するつもりあるの!?」




今年で28歳になる朝人は今でも髪の毛はボサボサで黒縁メガネ、髭は生えているしスウェット姿。

日曜日の定休日以外はやっぱり毎朝うちに来ている。




仕事は監査法人という所で働いている公認会計士だとは聞いたけれど、見た目も悪くて口まで悪いこんなオジサンに結婚願望があったことに驚いた。




「いつかはするだろ、たぶん・・・いつかは、誰かと。」




「めっちゃフワッとしてるじゃん!!

彼女もいなくて可哀想なオジサンだもんね!!」




「だから!!

彼女いるって言ってるだろ!!」




「見栄張らなくていいって!!

分かってるから!!」




「・・・もういいよ。」




朝人が小さく笑いながら今日は言い合いを早々に諦め、それからまた頷きながら私が作った料理を食べ始めた。




「朝人が北海道で上手くいくようにって思いながら作ったからね!」




「うん、めちゃくちゃ旨い。

俺のことをちゃんと考えて作ってくれた飯なのが分かる。」




朝人からそう言われそれには大きく頷いた。

25歳だった朝人が熱を出した日、その日は朝人の体調が少しでも良くなるようにと思いながら料理を作った。




朝人に“美味しい”と言わせる為ではなく、体調が悪い朝人に少しでも力がつくようにと思いながら。

そう思いながら、私は朝の常連さん達に料理を作っていたことを思い出しながら。




オジサン達がどんどんオジサンになっていき、そんな中で肉体労働に行くオジサン達に少しでも力がつくように。




そう思いながら私はオジサン達に料理を出していた。




今日から北海道へ行く朝人をカウンターから見下ろしながら少しだけ寂しい気持ちになっていた。

3月の最終日でこの朝1番はなくなる。




そして朝人もこの街からいなくなる。




「俺が朝1番に帰ってきた時のご馳走さまの分。」




「うん、朝人が朝1番に帰ってきた時の毎度ありがとうございますの分を貰いました。」




カウンターに置かれた500円玉を手に取り、それを強く握り締めながら朝人を見詰めた。




「じゃあ、北海道に行ってくる。」




うちのお店の引戸の前に朝人が立ち、私に振り返りながらそう言ってきた。




「行ってらっしゃい、朝人。」




“行ってらっしゃい”と初めて言った。

朝人が安全に出掛けて無事に帰って来られるよう、朝1番に帰ってこられるよう、“行ってらっしゃい”と言った。




初めて“行ってらっしゃい”と言ったからか朝人は凄く凄く驚いた顔をして、それから困ったように笑った。




「千寿子があと10年早く生まれてたら、プロポーズをして北海道まで連れていくところだった!!」




「よかった、朝人より10年遅く生まれて!!」




いつかしたようなやり取りを久しぶりにすると、朝人は楽しそうに笑った。




「朝1番に帰ってくる。

千寿子の飯を食いに帰ってくるから。」




「うん。」




私が頷いたのを確認した朝人は、うちのお店の引戸をスムーズに開けた。

この引戸をこんなにもスムーズに開ける人は朝人だけだった。




そして、朝人は朝1番から今日も出ていった。




今日はいつもの仕事ではなく、北海道へ。




次にいつ帰ってくるかは分からない。




“明日”の分ではない500円玉を強く握り締めながら、ボサボサの髪の毛で黒縁メガネ、髭まで生えてスウェットを着ている朝人が引戸を閉めた姿をこの目に焼き付けた。




このお店の向こう側で会ったのはたったの1度だけ。

出前をした時のたった1度だけ。




そんな関係なのにこの3年間毎日のように私が作る朝ご飯を食べていた朝人の姿を目に焼き付けた。




4月が始まり少し落ち着いたら朝1番が閉店したことを連絡しよう、そう思いながら。




朝人が帰ってきた時は特別に朝1番を開くと、そう連絡しようと思いながら。




朝人が朝1番に無事に帰ってくるのを楽しみにしながら、綺麗に完食された朝人の食器を洗い始めた。

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