Ⅴ. 【冥王と箝口令】
*****
さて、それからほどなくして…
オリュンポスでは神々の王ゼウスの召集による緊急の会議が開かれていた。
集められたのはこの場にいては都合の悪いデメテル、俗世に興味がなく基本的に我関せずなヘスティアを除くオリュンポス十二神以下主要な神々である。
「ゼウス!これは一体どういうことなの!?説明して頂戴!」
まず最初に声をあげたのは誰よりもゼウスに近しい立場にあるヘラだった。
「地上じゃデメテルがコレーを必死になって捜し回ってる。まさかお前がそれを知らねぇなんて言わねぇよな?」
続くポセイドンも
「ああ、まさか!麗しきコレーは何者かによって誘拐されたんじゃ…?」
「お?ティタン族の侵攻か!?よし!戦だな!よっしゃああああ!腕がなるぜぇぇぇぇッ!」
「…落ち着きなさい。馬鹿者」
いずれもゼウスの子供である“太陽神”アポロン、“戦争”の神アレス、“知恵と戦い”の女神アテナが続け様にしゃべり、場内は騒然としていよいよ収拾がつかなくなる。
好き勝手喋りまくる神々に頭を抱えながら、ゼウスが半ばヤケになって叫んだ。
「だぁあああ!もう!うるっせーぞ!お前ら!少し静かにしてくれ!今から説明するから!」
ゼウスの一声でようやくその場が静まり返る。皆が口を閉じたのを確認し、ゼウスがボリボリと頭を掻きながらようやく今回の経緯を説明しはじめた。
「…まず、今回のコレー失踪の件だが、結論からいうとおそらく犯人はハデスだ。」
その名前を聞き、静まったはずの神々の間でまたも大きなざわめきが起きる。
「え?ハデス?ハデス伯父さんが?なんでだろう…。まさかこの僕すら魅了したコレーのあどけない美しさに惹かれて…?だとしたらわからなくもないけど…」
「え!?あの陰気で根暗で影の薄い、地味オブ地味の冥界の長が!?よりによって脳ミソお花畑の皆大スキゆるふわ乙女コレーちゃん(笑)に??なにそれ事案じゃない??」
「…アポロン、
見かねたポセイドンが向かい側に座る双子のアポロンとアルテミスを
「やだ~♡拉致監禁プレイってコトね~♡あらあら、ダイタ~ン♡どっちの趣味かしら~♡」
「アフロディテ様はそういうプレイがお好きで?…ならばいつでもお相手しますよ。もっとも、アレス様のモノに劣る私めごときの粗末なモノでは、ご満足いただけるかはわかりませんが(笑)」
「おっ、いいねぇ~、酒と
「ちょっとアフロディテ!ヘルメス!神聖な神殿で下品な会話はやめてッ!!ディオニュソスもお酒を飲みながら煽らないで頂戴ッ!!」
ヘラがキーキーと甲高い声を上げて発狂せんばかりに叫ぶが神々の勝手は留まるところを知らない。続いて“戦い”を司るせいか、互いをライバル視しているアレスとアテナがどこか楽しげに物騒なことを言い出した。
「ハデスの
「…落ち着け、馬鹿め。まだ伯父上と戦争になると決まったわけではない。だが、その時はその勝負…、受けて立つ!」
「ったく、誰が冥界と戦争なんざおっぱじめるっつったよ…。皆!落ち着け、おーちーつーけー!!」
散々好き勝手な事ばかり言いまくる神々を再び強引に黙らせ、ゼウスはどっかりと自分の椅子に腰掛けながら深々と溜め息をつく。
まったく、オリュンポスに所属する神々ときたらどうしてこうも自分勝手な連中ばかりなのか…。個々で集まる分にはそうでもないのに、全員が顔を揃えた途端、一気にまとまりがなくなる。こんな連中の相手、可愛い女の子の癒しがなければやってられない…そうだ、今日はこのあと、この間見かけた気になるあのコのところに行ってみようか…と、そこまで考えて、ゼウスはなんとなく投げやりになり、さっさとこんな会合を終わらせてしまおうと決心した。
「…いいかお前ら、よく聞け。今回のハデスによるコレーの誘拐は俺が許可したようなもんだ。ハデスが、皆も知ってるあの堅物のハデスがな?ほ・ん・きで!コレーを妻にしたいと願い出てきたからだ。俺は弟として兄の…、いや神の端くれとしてその本気の願いに応えたいと思った。だから!…ハデスにはコレーとさっさとやることやって自分の女にしてしまえとアドバイスしておいた」
「……やはり真実の愛なんてない…嘘っぱちだ…まやかしだ…」
「…酷すぎますわ!」
「…それが主神の…いえ、親のやることですか!」
ヘパイストスの嘆き、そして“月の化身”たる女神セレネと“太陽の化身”たるヘリオスの抗議に続いて、他の神々からも「この悪魔ー!」「最低最悪のエロジジイー!」「人でなしー!あ、神だった」「主神の風上にも置けないぞー!」などと批判の声が上がる。
「お前らなぁ!こーゆーときだけ一致団結すんのやめろ!」
また
「…要するに、デメテルを説得するのが面倒になっただけでしょ。しかも、どうせハデスに「お前が言い出したことだろう」とでも詰め寄られて板挟みになり、テキトーにその場しのぎで誤魔化して帰ってきたってわけね」
「うっ…」
再び場内は神々の批判と怒号に包まれた。
「いい加減にもほどがあるぞー!」「タルタロスに落ちろー!」「主神なんてやめちまえー!」「畜生道に落ちろー!…あ、それ仏教だった!」「この色欲魔獣め~!」…
「……っだあー!うっせーな!じゃあこの中に一人でも、ハデスかデメテルのどちらかを説得できるやつはいんのかよ!?」
ゼウスがそう言うと途端に場内はシーンと静まり返る。誰も名乗りをあげる者はおらず、口達者なヘルメスでさえ口を閉ざした。
その様子を見てヘラが溜め息まじりに言う。
「…それはそうでしょうね。ハデスとデメテルは神々の中でも特に頑固な2柱よ。並大抵の事では諦めないし、納得もしないわ。この二人がぶつかって…何か大きな事が起こらないといいんだけど…。これまでの世界の
「と、とにかく!この件についてはほとぼりが冷めるまで一切話すことを禁じる!神々の王の名において
ヘラの不穏な言葉に何か得体の知れない不気味さを感じながらも、ゼウスはさっさとこの会合を終わらせることを選んだのだった…
*****
その頃、冥界では…
「コレー様ぁ~~召シ上がってクダさいよ~。ジャナイと俺が、ハデス様に怒られちゃいマすよ~」
「…要らないわ。あっちへ行って!」
「ソンなァ~…」
この問答をもう何度繰り返したことだろう。
コレーが冥界に連れてこられてから、丸一日が経っていた。
「………」
その様子を影から見ていたヒュプノスはくるりと向きを変え、主の座す神殿へと歩を進める。
*****
「……コレーの様子は?」
紙の上にハルピュイアの羽根から作ったペンを走らせて亡者の記録を書き付けながらハデスは尋ねた。主の問いかけにヒュプノスは肩を竦めてみせる。
「…特に変わりはないっすね。すっかりご立腹で寝所に閉じ籠ってらっしゃいます。タナトスが持ってくる神酒にも食べ物にも、一切手をつけようとしません。せっかく地上から上質なものを取り寄せさせたんすけどね…」
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