第46話 師匠と私

 日ノ本 火種です。

 何だかとても不思議な気分だ。今戦ってるのが自分であって自分で無いみたい。

 怒りや力に溺れてしまった私は、何か大切な物を見失ってしまっているのかもね。

 頭の中では、冷静に今の自分が置かれている現状を分析することは出来るのに、体は戦うことを楽しんでいる。

 こんな風に師匠と戦うことは私の本来の望みじゃない。

 確かに私は強くなって師匠に認めて欲しかった。でもそれはもっと朗らかな形で行われるべきだ。こんな命のやり取りで行われるべきじゃない。

 あぁ、でも殴り返せば、ちゃんと師匠は蹴り返してくれる。私のしていることに真っ向から向き合ってくれる。良いなぁ、師匠が私のお母さんだったら良かったのに。

 ……こんな風に自分の境遇を嘆くぐらい心が弱いから、怒りや力に体を乗っ取られてしまうんだろうなぁ。


「師匠‼師匠‼師匠—————‼」


「うるさい、何度も師匠、師匠と、気持ち悪いんだよ‼」


 師匠の蹴りが私の腹に目掛けて飛んで来る。私はわざと体をくの字に曲げて、ダメージを軽減させる。流石に足技ばかり見てきたので、目が慣れて来た。完全に避けることは不可能でも、最小限の被害で抑えることが出来る。

 まぁ、もっともアバラ三本ぐらいは、もう折れてしまっているのだけど。


「ちっ、いっちょ前に対応したか。生意気な弟子だ」


 師匠もそれに気づいていた様で苦虫を嚙み潰したような顔をしている。

 出来れば弟子の成長を喜んで欲しい所だけど、彼女にとって師匠という立場より、格闘家ということに重きを置いているということだろう。それも師匠らしい。

 私は節々が痛い体に鞭打って起き上がり、何度目かの作り笑顔で師匠に笑いかけた。


「師匠♪そろそろ決着をつけましょう♪」


「それには同意見だ。死ぬ覚悟で掛かって来い」


 殺意に満ちた目で私を睨め付ける師匠。ブルリと体が震えるけど、黒くなった私にはそれすら快感らしく、喜びに満ち溢れていた。


「行きますよ――――――――‼」


 何度も何度も突っ込んで行っているが、これが最後。

 私は大地を思いっきり蹴って、ダッシュで師匠の元に向かって行く。


「爆炎パンチ・廻‼」


 二階堂流活人拳一点突破よりも打ちなれた爆炎パンチで勝負を決める。それが私のプランだけど、師匠は私の拳に向かって蹴りを放つ。


「二階堂流活人拳番外、トンファーキック‼」


 番外?トンファーキックとは?私の中で?マークがいっぱい出たけど、要は前蹴りである。その前蹴りはパンチが届く前に私の体に命中……する筈だった。

する筈というのは前の私ならということ、私は今回策に出ていた。


「むっ、残像だと?」


 そうなのだ。師匠は私の残像を蹴っていた。本当の私は師匠の背後に回っており、自分の作戦が上手くいったことで悦に浸っていた。


「二階堂流活人拳【陽炎】を使わせて貰いました♪しかも、それだけじゃあ無い♪」


“ボワァァァアアアアアアアアァアアアア‼”


「くっ‼」


「自分の残像の中に炎の魔力を入れておいたんです。いやぁさっきよりも、よく燃えますねぇ♪」


 黒く燃える師匠を見て、私は舌なめずりして勝利を確信した。

 今の残像技を【陽炎・残り火】とでも呼んでおこうか?なんて技に名前も付ける始末である。


「それじゃあ師匠♪これでサヨナラバイバイです♪」


 私は全身全霊の爆炎パンチ・廻を、黒炎にふらついている師匠の顔面に叩き込もうとした。流石に筋肉の塊の師匠でも顔を殴られれば死ぬだろうと考えたからだ。

 死ぬだろうって、師匠殺して、その後どうするつもりなんだろう?分からない、もう何も分からない。


「獲物を前に舌なめずり、三流のすることだな」


 師匠はそう言うと、パンチをしようとた私の右手の手首をガッと握った。

……えっ?一瞬、私は何が起こったのか分からず、目で師匠に訴えかけた。

すると師匠は二ッと笑った。


「戦いの最中で拳が完全に治った。そろそろだと思っていたんだよ。聞きたいことはそんなところか?なら歯を食いしばれ。」


 師匠は左手で拳を握り、それを思いっきり私の頭に叩き込んだ。


”ゴチーン‼”


 魔力も込めていない、二階堂流活人拳でも無い、只のゲンコツが私の頭に強く響き、私の意識は薄らいでいく。

 そんな中、私は自分がやられたことに安堵した。やっぱり弟子のケツは師匠が拭いてくれるんだ。ありがとうございます師匠。


“ドサッ”


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