第38話 越えられない壁なんて無い

 チャガマだ。

 ここは都会の喧騒から離れた山の中。

 バスを乗り継いで行き、そこから更に一時間歩いたところにある、草木が青々と生い茂った樹海の様な場所である。

 こんな山奥に人間が居るわけがないと思うのは早計である。何故なら俺の魔法少女見つけるレーダーが、この場所に元魔法少女が居ると知らせているからだ。

というか居た。ウィザードグレンこと二階堂 明が、目を閉じて大きな切株の上に座禅を組んで座っていた。リスや鹿、ウサギやクマなどの野生の動物たちに囲まれて様はまるで仙人のようである。

 こうなると喋りかけるのも嫌になるが、コチラの案件も急を要する。話し掛けねばなるまい。


「よぉ、二階堂。お前こんな所で何をやってるんだ?」


 軽い感じに俺が話し掛けると、二階堂は目を開けずにこう言い放った。


「クソダヌキ、喋りかけるな。今、脳内で戦闘中だ。」


 いきなりクソダヌキ扱いである。やれやれどうしてこんなに嫌われたかな?

魔法少女時代にスカートの中を覗いたからか?それとも寝てる間にオッパイに触ろうとしたことか?嫌われる要素が多すぎて見当もつかない。


「ふぅ、また負けたか。これで十戦十敗か。」


 二階堂が目を開けたので、どうやら脳内戦闘が終わったらしい。それにしても十戦十敗って嘘だろ?この阿修羅みたいな女が。


「い、一体誰を想定して戦ってたんだ?」


「今の自分より十倍強い自分だ。次こそは勝つ。」


 いやいや、己に打ち勝つとは聞いたことがあるが、まさか本当に戦ってる奴が居るとは恐れ入った。しかもコイツの十倍強いとか、それはもう武神レベルじゃねぇかよ。


「話ならもう少し待ってろ。次のリハビリとトレーニングで朝の部は終いだ。」


 そう言って動物たちと別れて歩き始めた二階堂。仕方が無いので俺も後を付いて行くことにした。

 それにしても小汚い道着を着て、体からは獣臭が漂っている。俺は恐る恐るこう質問することにした。


「お前、風呂にはいつから入ってないんだ?」


「フロ?……あぁ風呂か。30日ぐらいじゃないか?手のリハビリと自分を一から鍛え直すために、ずっと山に籠ってたからな。ここは爺さんから受け継いだ、私が所有する山なんだ」


 怖い怖い。コイツ風呂という言葉を忘れたろ。自分を鍛えようとして山に籠るとか、いつの時代の人間だよ。あと何気に山持ってるの凄い。


「さて着いたぞ。少し待ってろ。すぐに終わらせる」


 そこは自然が作り出した、地面に対してほぼ90度にそそり立つ20メートル級の断崖絶壁であり、二階堂が今から何をするのか大体の予想は付いた。予想は付いたが一応聞いてみるか。


「今から何をするんだ?」


「とりあえず、これを手だけで登って手のリハビリ。その後、足腰の鍛錬だな」


 予想の斜め上をいった。手だけで登るの?それってリハビリ?常識の範疇を越えるのが二階堂のお家芸だが、すこしは常識の範囲内で行動してくれ。


「さて行くか」


 二階堂は本当に手だけで断崖絶壁を登っていく。いとも簡単にペースを乱さずに登っていくが、この壁は、ほとんど握るところなんて無くて、奴は少しの隙間や少しの出っ張りに指を引っかけて、指の力だけで体を持ち上げて登っているのである。もちろん命綱なんてものは無い。良い子の皆は真似すんなよ。


「むぅ、何も無いか。それならば仕方ない」


 どうやら指を引っかける隙間も無いところがあったらしく、二階堂はフン!!と力を入れて、指で断崖前壁に穴を開けて、そこに指を引っかけて再び登り始めた。

 引っかけるところが無ければ作れば良いじゃない。斬新な発想だが他の奴が真似できるかといえば、絶対に無理だろう。

 十分もしない内に断崖絶壁を登り終えた二階堂。常人ならここで登頂した喜びに浸るところだろうが、二階堂にとって登ることに大した思い入れは無いらしく。

 手のリハビリの次は、すぐに足腰の鍛錬に移った。

 その鍛錬方法というのが、これまた傑作なんだ。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおお‼」


“ダッタタタタタタタタタタタタタタタ‼”


 雄たけびを上げながら断崖絶壁をただ足で駆け降りるだけ。

俺今、スゲー簡単に言ったけど、他の奴なら自殺行為だぜ。でも二階堂 明はやるんですわ。怖いですよねぇ。

 行きは十分掛かった崖を、十秒ぐらいで下り終えた二階堂。それで汗一つかいていないんだから、最早この女は化け物を越えた何かである。


「それで私に用というのは?」


 朝の鍛錬を終えてから、涼しい顔でそう聞いてきた二階堂。そう慌てなさんなって。


「お前の弟子がな。最近妙なんだよ。昔のお前が成った状態に似てる。中二病みたいなんだ」


「中二病?何だそれは?」


 あっ、しまった。二階堂の頃には流行ってなかったかもな。


「まぁ、何はともあれ行けばいいんだろう?そろそろ下界に降りて甘い物が食べたいと思っていた。お前の奢りだからな。」


 こうして俺は二階堂を連れて帰ることになった。

 来るのに疲れたから、今度からはなるべく近場に生息していて欲しいなぁ。




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