第15話 弱音

 朝の河川敷の上を走ると気持ちが良い。散歩している人に挨拶をすると清々しい気分になれる。

 どうも二階堂 明だ。


「はぁはぁ……師匠!!待って下さいよ‼ちょっとペース早過ぎますって‼」


 私の走っている後ろで火種のそんな声が聞こえたが、そんなことは知ったことでは無い。

 この私と走ると言いだしたんだから、付いて来れなければそれまでのこと、待ってやる必要性も全く感じない。それでなくても普段より遅めのペースにはしてやってるんだ。1キロ6分ペース如きで弱音を吐くとは何事か。


「付いて来れない者は置いて行く。私のランニングに同行するということは、そういうことだ」


「そんなぁ‼」


 と言いながらも火種はちゃんと付いて来れている。顔も何処か笑顔だし、私とのこのやり取りを楽しんでいる説すら浮上して来た。

 火種の後ろを雫、木隠の順に走っているが、そういえば鳴神の姿が見えなくなった。

 まぁ、知ったことでは無いが。




 はい……鳴神 彩夏だよ。もう限界が来てうつ伏せで倒れたの。

 元々ランニングなんてきつくて無理なのに、パフェ奢ってくれるって火種ちゃんが言ったから付いて来たの。でもこんなの割に合わないよ。もう帰りたい。

 私は体を何とか起こして、その場に座り込んだ。最近辛いことが多くて嫌になる。

 太ってるからクラスの男子からブタって言われたり、この間なんか十字架に磔にされて殺され掛けちゃうし、今日はこんなに辛いランニングをさせられてる。


「ひっく、ひっく・・・もう嫌だ」


 とうとう泣き出してしまう私。泣き虫なのは元からだけど、もう限界。魔法少女なんてやってるからこんな目に遭うんだ。初めはフリフリのドレスを着て華麗に戦う姿を想像してワクワクしたけど、現実は私はとろくて皆に迷惑かけちゃうし、痛いし、怖いし、ストレスでまた太っちゃうし、良いことなんて一つも無かった。

 今度チャガマさんに会ったら辞めるって言おう。とりあえず今はお家に帰る。帰ったらパパとママが慰めてくれるし、大好きなハンバーグだって焼いてくれる。もう世界の平和なんてどうでも良いよ。

 罪悪感が無いわけじゃないけど、元から私には無理だったんだから仕方ないよね。


「こんな所に居たのか」


 目の前が涙でいっぱいになって前が見えなくなってしまっていたんだけど、この声は確か火種ちゃんの師匠さんの声だ。顔に傷があってとっても怖いんだよね。

 もしかして私の為に引き返してくれたのかな?でも関係無い、もう私は帰るんだから。


「ひっく……もう私家に帰ります」


「そうか、君の仲間はまだ私に付いて来るらしいが君は帰るんだな?」


 ……何だか棘のある言い方だ。まるで私が悪いことしているみたいな。なんだか頭にカチンときちゃった。


「帰って何が悪いの⁉こんなことしたって意味ないもん‼」


 怒鳴っちゃったけど、彩夏は悪くない。ランニングなんてキツイだけだもん。


「意味無いことは無いだろう。基礎体力は戦う上で大切な物だ。こんなことで音を上げている様では、今後の戦いで命を落とすかもしれん」


「知らないよ‼もう魔法少女もやめるからいい‼」


「はぁ?どうして魔法少女をやめる?ランニングと何の関係があるんだ?」


 首をかしげて意味が分からないといった感じの火種ちゃんの師匠さん。その態度もムカつく。


「キツくて辛いことはもうやりたくないの‼彩夏はお家に帰ってパパママと遊びたいの‼」


 私がこう言うと、火種ちゃんの師匠は屈んで私と視線を合わせて、そのまま私の目を覗き込んで来た。

 怖い、本当に怖い。


「怖いよぉ‼びぇえええええええええん‼」


「泣くな‼」


 ピシャリと一言、火種ちゃんの師匠にそう言われると体がびくっとなって涙が止まっちゃった。これも何かの技なのかな?


「良いかよく聞け。魔法少女をやめるのはお前の勝手だ。だがなお前が魔法少女をやめることによって、魔法少女の戦力はダウン、その分、守れない命も出てくるかもしれない。それに関してはどう思う?」


 どうって言われても困る。大体中学生の一人に人の命なんて背負わせること自体間違ってるんだもん。


「喋らなくても目を見てれば考えてることは分かるぞ。そう確かに中学生に人の命を守らせるなんて倫理的に考えても間違ってる」


 えっ、心読まれた?本当にこの人何なの?


「でもな、現実問題、お前が頑張らなければ人が死ぬ。間違っていようが間違っていまいがそれが真実なんだ。そしてその死ぬ人はお前の身近な人かもしれない。知人、友人、そしてお前の両親」


「パパとママ?」


「そうだ。お前のパパとママが惨たらしく殺されてしまうかもしれない。そうなって良いのか?」


「そんなの良いわけ無い‼」


 パパとママが死んじゃうなんて考えたことも無い。いつも私に対して優しくて甘くて、泣きたい時や怖い時はギュッと抱きしめてくれる、そんな素敵なパパとママが死ぬなんて想像しただけで、また涙が出てくる。


「だったら戦うのをやめるのは些か早計じゃないか?別に今日は帰っても良いが、その場の感情に流されず、ちゃんと考えて結論は出せよ。それじゃあ私は行くよ。帰りは気を付けてな」


 師匠さんはそう言うと再び走り出した。力強い足取りで。

 凄いカッコいい後姿だ。多分こういうところに火種ちゃんは憧れているんだと思う。

 私もあんな風に成れるかな?

 夢物語だと誰かは笑うかもしれないけど、とにかくこのまま帰ることだけはしたくなかった。

 私はゆっくりと立ち上がって、遠くなった背中を追って走り始めた。こんなことをするなんて自分でもビックリだけど、パパとママを守りたい、そんな気持ちが私を突き動かしているのかもしれない。

 ゆっくりとしか走れないけど、やり遂げたら何か変わる気がする。頑張れ私、頑張れ私。

 そんな私に気付いた火種ちゃんの師匠が、私の所にまた駆け寄って来てくれて、そのまま私のペースに合わせて黙って並走してくれている。

 こういうの不器用な優しさって言うのかな?










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