第58話  泣きじゃくるキミに。

「――はぁ」


 真っ暗闇の中、唯一の灯りであるスマホを頼りに、私はその場に座り込んでいた。


「ぼーっとしてたらいつの間にか佐藤くんとはぐれちゃって、帰ろうとしたら足捻って動けなくなるって、どんな不運の連続よ」


 私がこんな状況に陥っている経緯は今言葉にしたままだ。自分の不注意が招いた末の迷子。涙を通り越して呆れる。


「はぁ、これも全部、しゅうに八つ当たりしちゃったせいかな」


 何も悪くはない彼に不満をぶつけて、勝手に機嫌を損ねて、勝手にうずくまっている。

 どうしようもなく自分が惨めで、どうしようもなく勝手に涙がこぼれてくる。


「スマホは圏外。戻りたくても戻れない。しかも寒いし。……もしかしなくても、このまま夜が明けるまで待たなきゃいけないのかな」


 季節は夏に近づいてきているとはいえ、夜が更けるのと同時に気温も低下していく。寒さにぶるっと肩が震えて、吐く息の白さがさらに恐怖を扇いでくる。


 こうして膝を抱えて縮こまっているのは、弱さの他に寒さをしのぐためでもあった。


「また皆に……しゅうに迷惑かけちゃった」


 どうして自分はいつもこうなのかと、嘆かずにはいられない。


 きっと今頃、佐藤くんは私がいないことに気付いてパニックになっているはずだ。前のペアと合流しているか、あるいは後続のしゅうと朱夏のペアと合流して事情を説明している最中かもしれない。


 そうなると、結果的にしゅうに迷惑を掛けたことになる。これ以上迷惑は掛けまいと離れたのに、結局また彼を不安にさせてしまっている。


 今すぐにしゅうに謝りたい。何もかも。


 怒ったことも。責めたことも。突き放したことも――それを、しゅうがゆるしてくれるかは別としても。


「なんで、好きなのにこんなに迷惑掛けちゃうんだろう」


 朱夏は違った。私と違ってしゅうに迷惑をかけず、頑張って自分をアピールしている。


 私と違って屈託なく明るくて、小動物みたいに可愛くて、健気で。


 好きな人は同じなのに、好きになった者の性格は正反対で。


「こんな風に振り回したくなんかないのに」


 しゅうに迷惑をかけるなら、いっそ本当にこのまま消えてしまおうか。


 そんなこと、弱い自分には到底できるはずがないのに、口と思考だけは立派で。


 つくづく、みにくい女だ。


 ――こんな時に一番に救いを求めるのが、身勝手に振り回している〝彼〟なのだから。


「……はは。これで完全に嫌われたら、どうしよっか」


 しゅうの友達ですらいられなくなったらと思うと、怖くてたまらなくなる。


 しゅうがもう一度も口をきいてくれないと思ったら、絶望する。


 それならいっそこの恋情も捨ててしまえばと思うのに――なのに、これだけは、手放したくないと心が叫ぶ。


 どうしても、どうしてもっ、しゅうに抱くこの恋心だけは、捨てたくなかった。諦めたく、なかった。


「しゅう……しゅう」


 涙がこぼれて、擦れる声が想い人の名前を何度も繰り返し呼ぶ。


 怖いよ。


 寂しいよ。


 助けてよ。


 あぁ。どうして私は――こんなにも、彼のことが好きなんだろう。


 蹲る。弱さをさらけ出すように。涙が頬を伝って、ぽたぽたと足元に零れ落ちていく。


 助けなんか来ないと分かっているのに。


 彼が私の所に来ることなんてないと、そう理解しているのに。


 それなのに、彼を求めずにはいられなくて。


 だからか。


 神様は、存外私を最後まで見捨てていないみたいで――


「――見つけた」


 息を切らしながら安堵する青年の顔が、泣きじゃくる私に手を刺し伸ばした。



 ***



 今宵こよいは満月だというのにその月明りは覆われる木々にさえぎられ、一寸先が目を凝らしてやっと見える程度の暗闇の中をスマホのライトを頼りにひたすらに駆け抜けた。


「柚葉っ――柚葉っ」


 舐めまわすように暗闇に覆われる世界を見て、視界を凝らす。暗闇の中の違和感。それをただひたすらに求めて。


 辺りを見てそれがなければ次の場所へ。血の味がする咥内こうないを無視して、流れる汗すらぬぐわず足を動かした。


「絶対にっ、見つける!」


 見つけるのが俺じゃなくてもいい。柚葉が無事なら、それでいい。


 きっと、アイツは今頃泣いてるだろう。


 なにせ柚葉は普通の女の子だからな。いつもは気丈きじょうに振舞ってるけど、その裏ではいつも独りで泣いてるんだ。


 俺は、それを知っているのに。


 柚葉がいつも見せる笑顔が、ただの強がりなことを。


 本当は、その笑顔の裏でいつも何かに怯えていることを、ずっと知っていたのに。


 それなのにどうして、いつの間にか見て見ぬ振りをしてしまっていたのだろう。


 本当に、情けない。


 もっと早く、彼女に寄り添うべきだった。


 俺が、俺だけが、柚葉の弱さを理解してあげられたかもしれないのに。


「くっそ! 邪魔だ!」


 足に絡みつく根っこを乱暴に振り千切って奥へ進む。果てすらないと思わせる闇は、胸に渦巻く焦燥をより強く駆り立てた。


「柚葉っ! 柚葉っ!」


 声が擦れる。血の味がする。そんなものは無視して、なりふりかまわず何度も彼女の名前を叫んだ。


 大切な友達が、今も一人で蹲って泣いている。それを見過ごすことなんてできなくて、例え無力でも、愚行だとしても、それでも俺は足掻かずにはいられなかった。


 足が重い。だからなんだ。そんなものを言い訳にして立ち止まるな。


『――しゅう』


 待ってる。柚葉が。そんな気がした。


『――あはは! 本当にしゅうはばかだなぁ。私たちはずっと友達じゃん!』


「待ってろ、柚葉。絶対に、俺が見つけるからっ」


 柚葉が俺を求めてる気がした。何度も名前を呼んでる気がした。


 だから行かなきゃ。見つけなきゃ。


 そうじゃなきゃ、俺は柚葉に何も言えないままだ。


 そんな想いが、誰に届いたかは分からない。神様なんて信じちゃいないけど、この時ばかりは、都合がいいことを百も承知で信じさせてもらった。


 あるいは、お互いの想いがこの『奇跡』を引き寄せたのかもしれない。


 いずれにせよ、俺の胸には言葉にするには言い難い安堵あんどが広がって――


「――見つけた」


 泣きじゃくる少女に向かって、俺はおまたせ、と微笑みを浮かべながら手を差し伸べた。






【あとがき】

すいません。

予約更新が変になってて前2話の更新順が逆になってました(泣)

大事な話にも関わらず作者の不備で読者様を困惑させてしまって申し訳ございません。

今後はこのような事態が起こらないよう徹底して注意してまいります。

本当にすいませんでした🙇!

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