ペルソナ
颯風 こゆき
第1話 ドラゴンと聖女
不思議と痛みはなかった。
薄れゆく意識の中で、走馬灯の様に過去が描かれる。
未練は特にない。
あるとすれば罪悪感だけ。
そう思いながら僕は目を閉じた。
「少年よ、起きるのだ」
頭に響く低く太い声・・・その声に促されて目を開け上半身を起こすと、目の前のありえない存在に喉の奥がヒュッと変な音を鳴らす。
手とお尻から伝わるひんやりとした石の感触。洞窟らしき場所なのに、はっきりとその姿がわかるのは、側に小さな灯りが宙に浮いたまま灯っているからだ。
薄暗い光から見えるその姿は綺麗な純白で包まれ、背中に大きな翼があり、手には鋭い爪、口元から見える太く鋭い牙、目も大きく縦に伸びた角膜は金色に光っていた。
アニメや漫画、空想の中にいるはずのソレは真っ直ぐに僕を見下ろしている。
・・・・ドラゴンだ・・・
「わかっておる。だが、2人分転送したが故に少し力を使い過ぎたのだ」
急に独り言を始めたドラゴンを訝しげに凝視していると、ドラゴンの足元がキラキラと光っているのが見えてそこへ視線を移すと、その姿に僕はヒッと小さな悲鳴をあげた。
今度はお化け!?
長い紫がかった髪を揺らし、ワンピースを着ている人の形をしたそれは、色彩はあるものの体が透けていた。
そんな僕に気付いたのか2人?の視線が僕へと向けられる。
小さく震える僕は、座ったまま少しだけ後退りする。
「脅かしてすまない。そんなに怖がらないでくれないか?」
その声と一緒に、おばけが僕に少しずつ近づく。
近づくにつれて、その表情が困ったような、心配しているような表情だと気付く。
心臓は相変わらずドクドクと激しく打ち鳴らしているが、その表情と僕を起こした時とは違うドラゴンの優しい声が僕の鼓動を落ち着かせていく。
「彼女はシリルという。今は喋る事は出来ない魂だけの姿だが、私の番で元は人間だ。」
その言葉に反応するように、彼女は何度も頷く。
「少年、どこまで覚えている?」
「ど、どこまで・・・?」
急に問われて声が上ずる。
「少年、お前は猫を助けた」
「は、はい」
「実を言うと、その猫はシリルなのだ」
「へ・・・?」
ありえない光景を見せられて、ありえない話を聞かされる。
僕の頭はすでにパニックだったが、この状況を知る唯一の話に黙って耳を傾ける。
「この世界は、お前が住んでいた世界とは別の物だ。お前の世界の言葉で言う異世界・・・パラレルワールドだ。この世にはいくつものパラレルワールドがある。私達から見ればお前達の世界も異世界で、お前達から見ればここも異世界だ」
そう言いながらドラゴンが視線を移すと、それにつられて灯りが動いていく。
その視線の先には小さな池のような物があった。
「ここへ来るのだ」
そう言われて恐る恐るそこへと近づく。その隣で心配そうに彼女がついてくる。
そして、池のような物のそばに着くと彼女が中を見ろとばかりの仕草をする。
促されるまま覗き込むと、水全体が光り、映像が浮かび上がる。
「わぁ・・・何これ・・・」
ポツリと呟いた僕の目の前には、映写機の様に色んな街並みや人の姿がスライドされながら映し出されていた。
「この湖には色んなパラレルワールドが映る。もちろん、この世界の姿も・・」
ドラゴンの言葉と同時に、洋風の街並みが映る。
「ここはタナダルという国で、そうだな・・・お前の世界の言葉で言えば、海外の中世の世界に似ている」
ドラゴンの話を聞きながら、僕はその映像に魅入る。
だが、次の瞬間、あの事故現場の映像が映し出された。
「未来は映せないが、過去は映し出す事が出来る。お前はこの事故で死に至るほどの怪我を負った。自分を助けて酷い怪我をしたお前の事を悲しんで、シリルが私にこの世界へ移すように頼んだ。この世界に移せれば、シリルの力で怪我を直してやれるからな。
それに、元はと言えば、私が付き添ってやれなかった事が原因だ」
ふと隣を見れば、彼女が涙を流して僕を見つめている。
「私は神に近い存在だ。もう遥か昔に絶滅したドラゴンの生き残りで、黄金の目を持ったことで、この洞窟で祀られている。私の力で人間の姿に化身し、シリルと時折外の世界を見に行くのだが、私ももう歳をとり過ぎた。
その日はシリルを転送させる力しかなくて、1人で行かせてしまった。そして、あの事故が起きた・・・本来なら私のこの姿を見せるのは良くないのだが、2人を転送させた事で今は化身する事ができない」
そう話すドラゴンに、彼女はそっと近づき、足元に頬を寄せる。
まるであなたのせいではないと言っているかのような仕草だった。
それを愛おしそうにドラゴンが見つめ、顔を寄せ、彼女に頬擦りをする。
そして、ゆっくりとまた僕の方へ顔を戻す。
「すまないが、元の世界へ戻す事はできない。ただこの世界に迷っただけなら戻してやれたが、お前はここでシリルの治療を受けた。それは精霊の加護を受けたと言うこと・・・そして、転送の際に私の加護も受けた。
お前の望みではなかったが、この世界の物に深く関わってしまったのだ。その状態で元の世界へ帰す事ができない。記憶は消してしまえばいいが、加護を持ったままでは互いの世界の存在がバレ、亀裂が入る可能性があるからだ」
そう話を終えた後、すまなかったという言葉と一緒に、シリルを助けてくれて感謝していると呟いた。
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