夜行列車
高校生
夜行列車
「綺麗な流れ星」
彼女がそう声を漏らした
「そうだね」
「なにかお願いした?」
僕は少しにやけてこう答えた。
「君とずっと一緒にいれますようにって」
僕がそう言うと彼女は笑う。
だいぶ前の日のことなのに今でもまだ鮮明に思い出せる。それほどまでに彼女は僕にとって大切な人だった。彼女との記憶が蘇る度憂鬱な気持ちと苛立ちに苛まれる。
今更あの時こうしてればとか、もっとちゃんとしてればとかもう絶対叶いもしないことを考えてしまう。あぁ、失敗したな。何もかも。
不意に窓に目をやる。窓から見える夜空に一筋の光が走った。そこで思い出す。今日、流星群の日じゃん。
僕は夜空を見ながら深くため息をついた。
そうすると突然見ている窓の目の前を流星が走った。
驚いた僕はすぐに玄関に出る。
玄関にはその何かが辿ってきたであろう軌道が明るすぎる光を発して空高く、数キロ先まで光り輝いていた。そしてその光の終点は、僕の家の前にあった。
よく見るとその光はなんだか列車に見えた。
「なんだ、これ」僕は声を漏らす。
プシューと電車のドアが空くような音がした。
先頭を見ると初老の男が光の中から降りてきていた。
そして初老の男は僕のところまで来るとこう言った。
「お乗り下さい。貴方が持つ憂鬱が乗車券の代わりです。」
そして僕は深夜零時にその列車に乗り込んだ。
列車の中には人っ子一人誰もいなかった。
列車の内装は電車の構造にとても似ていてそれらが全部金色に輝いていた。
僕が乗り込むとすぐに列車は夜空に向けて発車した。そこで気づく。この列車には車掌は居ない。本当に、僕1人だ。
金色に輝く椅子に座って僕は窓から外を見た。
どこに向かってるのか、これから僕がどうなるのか、最初はそんなことを考えていた。けどじきにどうでも良くなってきた。それほどまでにこの空間というのは心地が良かった。
どこまで上に上がったのか、列車は空にある雲をぬける。そこには地上からは考えられないほど花緑青の輝きを増し、夥しいぐらいの星が流れていた。
この景色を彼女と、なんてまた考えてしまう僕の脳みそに嫌気が差す。
「次は海馬〜海馬〜」
と無機質なアナウンスが流れる。が結局列車が海馬という所に止まることはなかった。
なんだ?と思った次の瞬間窓の外の景色が見えなくなりそれと同時に脳内が彼女との記憶に包まれる。
何も見えない外を見ることで彼女と過ごした日々を俯瞰してまるでその場にいるように見ることが出来た。
告白した日、初めてキスをした日、水族館に行った日、そして振られた時。その全ての思い出が断片的に脳内に流れ込んでくる。
「私、誰かとキスするの、初めてなんだ。」
「見て!この海月綺麗じゃない!?」
「君に…もう愛はないでしょ?」
「煙草ばっか吸うと体壊すよ?」
また彼女と一緒に過ごしているような感覚になった。その感覚がとても心地くて、落ち着いて、でもどこか儚くて。
断片的な記憶が脳内に流れ込むのが収まる頃、僕だけを連れた列車はどこかに止まった。
「終点、連合野〜連合野〜」
また無機質なアナウンスが流れる。
多分そこは空中に浮いてる島みたいな感じなのだろう。足場は少し金色に輝く雲のようなもので、多分相当高度が高いところだと思う。でもなぜかそこは人が住むのに丁度いいぐらいの気温だった。その場所を一言で表すなら「桃源郷」。これが一番しっくりくる。なんだかそこにいるだけでとても幸せな気分になれるようなそんな感覚だ。
見渡しても人はまた僕しかいない。
まぁだかそれでもいいか、と思った。
僕は少しだけ端に向かって歩くことにした。特にこれと言った理由なんてない。何となく、端に行ってみたいと思っただけだ。
流星群が僕の立っている地より下に向かって落ちていく。いつも見ているのと違う流れ星を見ながら僕は端に向かって歩き出した。
小一時間ぐらい端に向かって歩いた頃、眼前に何百個も流れていっていた流星の一つが僕の居る地に向かってきていた。
やがてその流星は僕の目の前に降り立った。
最近聞いた電車の開く音がその流星から聞こえてくる。
そしてやがて誰かが桃源郷に足を踏み入れた。
列車から降り立った女性の顔が見えると僕はどうしようもないほどに気分が高揚した。
だって、その顔は絶対に彼女だったんだから。
やがて彼女も僕に気づく。そして笑ってこう言った。
「また会ったね。」
僕は高揚する気持ちを収めるように
「そうだね。」と言った。
それ以上どっちが何かを言うわけでもなく何故か彼女は僕の隣に来て桃源郷の端に向かって歩き出した。
沈黙のまま歩き続けて何分経ったのだろうか。よく分からないが眼前に落ちていく流星を見ながら僕らは歩き続けた。ふと僕らが上を見上げると空を真っ二つに割るほどの大きな流星が流れて行った。
思えば最初、僕らの日々に断裂を入れたのは僕だ。彼女と過ごす日々はとても楽しかった。でも何かが違う。何かが足りない。でも何が足りないのかわからない。この感情をなんて伝えればいいのか昔の僕には分からなかった。そして上手く笑えなくなった。
昔の僕は愛に定義を求めていた。これは愛と呼べるものなのか、僕は本当に彼女を愛しているのか、毎日そんなことばかり考えていた。そして曖昧な愛で彼女を僕の手のひらで転がしていた。
流星が空を割った刹那、彼女が静寂を切り裂いた。
「私達って他に上手くやれたのかな」
悲しそうな顔と震えた声でそう漏らす彼女。
「きっと僕はあれ以外できなかっただろうね。」
僕はそう言った。そしてこう続ける。
「愛の定義ってなんだと思う?」
彼女は少し考えて答えた
「…愛に定義なんてない」
僕は笑って言う。
「じゃあ、今はもう大丈夫だ。」
彼女もつられて笑っていた。
僕らはまた桃源郷の端に向かって歩き出した。
それから数十分後、僕らは桃源郷の端まで辿り着いた。端に僕らは肩を寄せ合い座る。
端から見る流星群はまるで神様が白群(びゃくぐん)色の絵の具をパレットから落としたみたいに綺麗な直線を描いて地上に落ちていった。
少しの静寂の後彼女は声を出す
「綺麗な流れ星だね」
「そうだね」
「何かお願いごとした?」
彼女の吸い込まれてしまいそうなほど大きい目の水晶体に反射する流れ星を見ながら僕は答える。
「君とずっと一緒にいれますように」
また電車の開く音がする。
「お乗り下さい。乗車券は貴方達が持つ幸せです。」
そして僕らは手を繋ぎその列車に飛び乗った。
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