第55話 仮説を立てたようです。



 俺は自分がいた病室から抜けて、彩姉が寝ているであろう部屋へと向かった。


「彩姉……」


 俺が転生して初めて会った時は、まだ15歳の可愛らしい少女だったのに、今では美しいという言葉の方がよく似合う女性になっている。


 あぁ、度々こんなことを感慨深く考えてしまうのは、あの小さかった彩ちゃんが今でも脳裏に刻まれているからだろうな。全く……おじさん35歳+αな思考で嫌になるな。


「……」


 そして――実際に彩姉を見て確信した。


 彩姉の魂は崩壊寸前・・・・だ。ギリギリ生きている、といっても過言ではない。


 まぁ、医者は魂の状態なんて知る由もないから「命に別状はない」と判断したのだろうが。


「これは……今の俺には無理だな」


 きっとまだ、俺のが足りないのだろう。


 だが同時に、妙な確信を抱いた。



 ――ルシファーを殺せば、足りえるだろうと。



「待っていてくれ、彩姉。必ず助ける」



 そう宣言した俺はその病室を後にし、通話が許可されているエリアへと向かった。




「――もしもし、荒河巧美です」


『やぁ、荒河ハンター。君から電話してくれるなんてね。君たちに異常事態が起きたことは聞き及んでいるよ。無事で何よりだ』


「ありがとうございます。早速ですが、学者・・の戌亥さんに聞いてもらいたいことがあります」


 俺の思いつく限り、ダンジョン研究家として知られる、彼女以上の適任者は居ない。


 俺は一先ず、悪魔の迷宮にて起きた事実・・のみを彼女に伝えた。


『なるほど……なかなかに興味深いことになっていたのだな。かの有名なアリス・オールストンには冥福を祈るとして――その様子じゃ、予想は立っているのだろう? それも聞かせてはくれないか?』


「……かなり感覚的な部分もありますが、よろしいですか?」


 俺がそう尋ねると、戌亥さんは快活に笑い飛ばした。


『ハハハッ! 当たり前だとも! 前にも言ったかも知れんが、その情動こそ、研究において大切にするところさ! 理路整然とした論理なんて所詮は後付けなのだから!』


「分かりました」


 そこから俺は、戌亥さんに俺なりの仮説・・を伝えた。


『ほうほう! なるほど、荒河ハンターはそう考えたのか!』


「どう、思われましたか?」


『どうもなにも、私が指摘できることなんてほとんどないさ! 以前浮かんだ疑問に対しても筋が通っているしな!』


「いや、そうではなく……」


『――荒河ハンター。私は学者だ』


「……はい、存じております」


『私が求めるのは知識だ。知識欲以上に、優先される感情はないのだよ。ゆえに、今後とも荒河ハンターとはいい関係を築きたいと思っているさ』


「……ありがとうございます」


 見透かされてんなぁ……。


『大丈夫、なんて無責任なことは言わん。だが、覚悟は決まっているんだろう?』


「ええ」


『ならばいい。自分の人生なんだから、自分で決めればいいさ』


「ありがとうございます。戌亥さんに聞いてもらってよかったです。次は良い結果を報告できるように頑張ります」


『ああ! 期待して待っている!』



 戌亥さんとの通話を切り、ふぅ、っと息を吐く。



「さて、次は――もしもし」


『……巧美ですか。何があったのか話してくれるので?』


「ああ、もちろんだ。それからお前に1つ頼みがある」


『……はぁ、君はいつもそうですね。どうせ止まらないんでしょう?』


「さすが、よく分かっているじゃないか」


『何年、君の"親友"をやってきていると思っているんですか』


「ははっ、頼りにしてるぜ、洋介」









 それからしばらくして。


「よし……準備は整った」


 俺の手元には、滅多に使わない短刀がある。



 さぁ……気合入れるか。



「――――ッ!」




 そして俺は躊躇なく、短刀で自分の首・・・・を掻っ切ったのだった。



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