第10話 初配信の終幕のようです。



 威嚇合戦は俺の勝ち。


 さて、改めて敵の数を確認すると、ホブゴブリンが10体。ゴブリンマジシャンが5体。そして、ゴブリンロードが1体。


 なるほど、確かにボス戦に相応しい難易度だな。ここまでの道のりで苦戦するようなら、当然、勝ちようがないだろう。なにより、ゴブリンロードはDランクモンスターなだけあって、魔力量が他のゴブリンの5倍近い。


 魔物の強さは、その魔物が持つ魔力量に比例すると言われている。つまり、その力は他のゴブリンとは比べ物にならないということ。



 ――まあ、勝つんですけどね。



 Dランクモンスターに躓いているようでは、お話にならない。それがダンジョン攻略の初日であってもだ。


 俺が目標とするオヤジは、もっと、もっと、遠い……!


 ダンジョンに入れなかった、これまでの日々。彩姉を含む他のギルドメンバーたちが、魔力を吸収することでどんどん成長していくなか、俺だけが取り残される感覚。


 はっきり言おう。俺は焦っていた。


 何度、ダンジョンに侵入しようと思ったかは分からない。


 だが、ダンジョンに関する法を破ると、その後のダンジョン攻略に厳しい規制がかかる。


 俺はぐっと堪え、できる限りの鍛錬を積んできた。



 ただ、ダンジョン攻略自体が、俺のやりたいことではない。



 "観客"に戦いをせることこそが、俺の願い。



 さあ、刮目せよ。



 アクション俳優として生きた35年間の前世。そして転生してから、5年間ダンジョン攻略のために実践的技術を磨いてきた今世。



 それらすべてを活かし、この配信のフィナーレを飾ってやる……!



「それじゃあ、行くぞ?」









「……すごい」


 西園寺彩はカメラを持ちながら、うっとりした様子で目の前の戦いを見ていた。


 自分の憧れ・・は、やはりすごいんだと感じながら……。



 幼いころに彼女は、の撮影現場を訪れたことがあった。


 それがいつのことだったか、もはや彼女は覚えていないが、その日見た景色は、感情は、未だ鮮明に彼女の脳裏に刻まれている。


 指先や目線、すべてを余すことなく用いた演技。何より、その空間を支配するようなアクション。


 それまではただ、父親の優しい友人としか認識していなかった彼が、全くの別人に見え、そんな彼に彼女は強い憧れを抱いた。



 ……そんな彼が、目の前で消えたショックは計り知れないものだった。



 彼女はその後、その現実から目をそらすかのように、彼の出演作品を見続けた。そうしていくうちに、彼女は彼のように強くなりたいと思うようになった。彼の演技は年を重ねるごとに洗練されていた。そんな彼の軌跡を見て、彼女は活力を徐々に取り戻したのだ。


 そうして彼女は、荒河武雄の弟子となった。



 彼が生きていたと報告を受けたあの日は、彼女の人生で最も嬉しい日だった。もっとも「彼」ではなく「彼女」になっていたのは心底驚愕したが。


 その日、巧美はこう言った。「ダンジョン配信者になる」と。


 それを聞いて、彼女は決めたのだ。巧美が15歳になるまでの5年間、ダンジョン攻略により力をつけ、巧美のサポートができるようになろうと。



 そうして今日は、待ちに待った初配信。


 彼女はカメラを持ちながら、幸福感に満たされていた。


 巧美の戦いを特等席で見ることができて。


 そしてなにより、楽しそうな巧美の様子を見て。



 ボス戦までの道中も巧美は、華麗にゴブリンたちを相手していたが、やはりまだまだ余裕はあったらしいと、彩はボス戦の様子を見て思う。



 ――敵の動きを誘導し、完全に戦いを支配している。しかも、カメラから見て、自分の攻撃が見やすいように立ち回っているなんて……! やっぱり、巧美ちゃんはすごい!



 その動きは、まるで踊るように滑らかで。


 ゴブリンたちがまるで、巧美を引き立てる役者のようで。


 このボス部屋は、完全に巧美の舞台と化していた――。




〈いや、え、すごすぎない?〉

〈この数相手に被弾ゼロなのヤバイ〉

〈なんかすげぇ感動してるの俺だけ?〉

〈語彙力死んで、すごいとしか言えない〉


 コメント欄も、巧美を称賛する声で埋まっていた。


 彩はそれらに激しく同意しながら、巧美の戦いを見続けた。




 ついに、ゴブリンロード以外のゴブリンたちを倒した巧美は、ゴブリンロードと相対した。


 そして始まった、最後の一騎打ち。


 体長が自身の2倍に近い巨体を相手に、臆することなく巧美は距離を詰めた。


 そしてゴブリンロードは大剣を振り、巧美を迎え撃つ。


 見てるこっちがひやひやするほど紙一重で躱し続け、ゴブリンロードから距離を取らず立ち回る巧美。


 1つ、また1つとゴブリンロードに傷が増えていき、最後は巧美がゴブリンロードの頸動脈を切り裂いた。




 ゴブリンロードは魔石を残して消滅し、こうして巧美にとって初めてのボス戦は、終わりを迎えたのだった。









 俺は刀を鞘に戻し、体にこもった熱を落ち着けるように、息を吐く。


 そしてカメラに向き直り、声を発した。


「かなり楽しかったが、今日の戦いはこれで終わりだな。みんな、見てくれてありがとう。最後に宝箱を確認しようか」


〈88888888〉

〈いや、本当にすごかった!〉

〈まさか本当にボスまで倒すとはな~〉

〈もう終わりか。名残惜しいな〉

〈ボスドロップなんやろね?〉


 ダンジョンのボスを倒すと、ボス部屋に宝箱が出現し、アイテムを得ることができる。


 魔法が付与された武器や防具だったり、回復薬だったり。種類は様々だが、価値のあるものが多い。まあ、ダンジョンのレベルによって、アイテムの質は変わるんだが。



「何が出るかな、何が出るかな~っと。ん……? これ、Eランクダンジョンでも出るんだな。まさかの"転移玉"だ」


〈うお、マジか〉

〈引きつよww〉

〈Eランクダンジョンのボスドロップにしては破格やな!〉


 転移玉。ダンジョンの1階層に転移することができるアイテムだ。ダンジョンで死んでも生き返れるとはいえ、ペナルティは存在する。ランダムで武器や防具が消失し、魔力量が減ったりだな。


 そういうわけで、失うものが大きい高ランクハンターにとっては必需品とも言えるこのアイテム。主にBランク以上のダンジョンで手に入れることができ、やはりEランクダンジョンで手に入れられるのは幸運だろう。



 その後、ボス部屋にあるワープ装置を使い、俺たちは1階層へと帰還した。



「さて、俺の配信はお楽しみいただけただろうか?」


〈めっちゃよかった!〉

〈チャンネル登録しました!これからも頑張ってください!〉

〈次の配信がもう待ち遠しい〉


「たくさんの人がチャンネル登録してくれて嬉しいよ。また次の配信が決まり次第、SNSで告知するから、そっちのフォローもよろしくな。それじゃあ、今日の配信はここまで! また会おう!」



 こうして俺の初配信は、幕を閉じた。



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