第15話 空白の意味

 翌日、彼方は急いで教室に向かっていた。


 既に教室にいるであろう彼女に話を聞くために。


 教室にはやはり、白河がやってきていた。


 教室に入ってきた彼方に気が付いた白河は、小さく手を振った。


 それに彼方も小さく手を振り返した。


 そして、白河の原稿を持って、足早に白河の方に向かっていった。


 「おはよう、白河さん」


 「…おはよう、一宮くん」


 「これ、ありがとう」


 「…読んで、くれたんだ」


 「うん。まあ、あんな原稿の下に忍ばせなくても良かったんじゃないかなって思ったけどね」


 彼方は苦笑いでそんなことを言いながら、原稿を白河さんに渡した。


 「…何か、恥ずかしかったから」


 そんなことを言いながら、白河は原稿を受け取った。


 「どう、だった…?」


 「すごくよかったよ。正直、めちゃくちゃ悔しかったけど」


 「そっか…」


 彼方の感想を聞いた白河の表情は少しだけ満足そうな表情をしていた。


 そんな顔を見ながら、彼方はどうやって話を切り出すべきか悩んでいた。


 


 「……は?毎回、題名が無い…?」


 彼方は千沙の言っていることの意味が分からなかった。


 「うん。最初は書き忘れなのかなって思ったんだけど、毎回絶対に題名が無いんだよね」


 彼方も千沙と同じ考えだった。


 あれだけすごい作品を書ける人が、題名を付けないなんておかしな話だった。


 だから、彼方も千沙も書き忘れだと思ったのだ。


 だが、それが毎回ならば、書き忘れと言うことはほぼありえないだろう。


 「一回だけ、何で題名書かないのか聞いてみたんだよね」


 「…何て言ってた?」


 「題名考えるのが苦手って言ってた。でも、何かそれだけじゃないと思うんだよね」


 彼方も同意見だった。


 同意見だが、千沙と話しても答えが見つかるわけじゃない。


 だから、気になるなら直接聞くしかないと、彼方は覚悟を決めた。




 「あの、白河さん」


 「…?」


 「白河さんの原稿、何で題名が書いてなかったの…?」


 白河は窓の外を見ながら、彼方の質問に答えた


 「…それは、書き忘れちゃって」


 「俺も、最初はそう思ったよ。あんなにすごい話を書ける人が題名を書かないわけがない、急いでて書き忘れたんじゃないかって。でも…、千沙から聞いたんだ。白河さんの作品には、毎回題名が無かったって」


 彼方の前で、白河は初めて驚きの表情を見せた。


 それは、千沙の言葉が正しいことを、白河がわざと題名を書いていないことを証明していた。


 白河は俯いたまま何も言わなかった。


 彼方もそんな白河に何を言えばいいか分からなかった。


 しばらくして、教室には何人かが登校し始めた。


 彼方は、逃げるように白河に背を向けて、「ごめん」と一言だけ言って、自分の席に戻った。


 


 そのまま、時刻は放課後となっていた。


 クラスメイトは、既に部活に向かったり、帰宅していた。


 そんな誰もいなくなった教室に、白河と彼方だけは教室に残っていた。


 違う所と言えば、彼方は白河の前の席に座っていることだった。


 彼方は机に突っ伏しており、白河は窓の外を眺めていた。


 教室には、外で部活動をしている生徒の声や、楽器の音が聞こえてきていた。


 そんな時間がどれだけ続いたのか。


 白河がゆっくりと口を開いた。


 「…私ね、小学生の時から本を書いてたんだ。何で書き始めたのかは覚えてないけど、ただ楽しんで書いてたのは覚えてる。ある日、ずっと書いてた小説が完成に近づいたの。私は、初めて本が完成することが嬉しかった。でも、それと同じくらい、私は、それが終わってほしくなかった。だから、私は必死に終わらない方法を考えた。そして、私は、題名を付けないっていう方法で本が完成することを阻止したの」


 子供だよね、と白河は苦笑いをした。


 「子供だった私は、たくさん未完成の本を創った。何個も何個も。ある日、私はどうしても題名を付けたい作品を作った。だから私は題名を付けようと筆を執ったの。でも、出来なかった。どうしても、私は自分が書いた作品を完成させることが出来なかった。私の作品を完成させたくないって想いは、私が想像してたよりも、ずっとずっと心の奥底にまで根を張っていた。だから、今でも私は、自分が書いた作品に題名を付けられないでいるの」


 白河はそれで話すことは話し終えたのか、再び黙ってしまった。


 彼方もそれに答えられず黙ってしまった。


 そのまま、再び教室を静寂が包んだ。


 しばらくして、白河が立ち上がり、素早く帰り支度をして、彼方の横を通り過ぎた。


 「…ごめんね。聞いてくれて、ありがとう」


 通り過ぎながら、そんな言葉を残して、白河は教室を出て行った。


 教室に残された彼方の頭の中には、白河の話が繰り返されていた。


 「俺は…どうすれば…」


 彼方は独り呟くことしかできなかった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る