気のまま

@mohoumono

君が嘘をつく時、蝉はなく

僕が信じられるのは、彼女の言葉だけだ。

それは、夏の日の出来事

チリン、チリン、いつも通り心地よい優しい鈴の音が近くで聞こえた。それと同じくらい優しい音で彼女は、「大丈夫?」と不安定に歩く僕の手を握る。「大丈夫だよ。いつもありがとうね。」僕は、彼女の声がする方向へ笑顔を向けた。そうすると、彼女はそんな事ないよと声を上擦らせた。それと同時に、僕らしくはないことを考えてしまった。そして階段を登り切り、ホールに着いた。「ついたよ。ちょっとそこで待っててね。」彼女は、僕を椅子に座らせるとゴソゴソと何かを探し始め、「良かった、あった。」と安堵したのか一息吐いていた。そして、カチャカチャという音がし始めた。きっとピッキングを始めたのだろう。そして、少しして「開いた!」と飛び跳ねるような声で言い、大きめの音がしヤバっと彼女は、声を漏らした。彼女のことだろうからきっと開いた喜びから飛び跳ねたのだろう。そして、今ごろ階段の下を覗き込んで誰かいないか確認でもしている姿が目に浮かぶ。僕は、それが微笑ましく思えて、顔が綻んだ。そんな彼女を、いつまで自分の都合で縛り付けるのだろう。いっその事約束なんて知らないフリをした方が今後の彼女のためになるんじゃないか?そんなことを考えていると、「何難しい顔してるの?早く、見に行こうよ。」と手を握られた。僕は頷き、椅子から立ち上がり、「いつも通り今日は晴れだったら良いね。」と彼女の手を強く握り返した。彼女は、「うん、そうだね。」と落ち込んでいるような様子で少し遅れて返事をし、僕の手を引っ張り屋上へと出た。外に出た瞬間夏のせいで蒸し暑い空気が体を包む。けど僕は、それがとても嬉しかった。「今日は、どう?」彼女は、それを聞き、きっといつも通り空を見上げているのだろう。しばらくの間、沈黙が流れた後、彼女は、大きく息を吸い大きく息を吐いた。そして、唾を飲み込む音がした。「惜しいね!少し曇りっぽいと思う。また明日にしよっか。」

と明るそうにしていたが、悲しい声をしていた。「なら、仕方ない。また、明日にしようか。」僕には、彼女が言ったことが正しいのかは、知らない。「あのさ、」彼女は、何かを言おうとした。多分きっともう辞めない?ってことを言いたいのだろう。僕は、それを言われたら別れを告げるつもりだった。その方が僕にとっても楽なはずだ。でも、彼女は「ううん、何でもない。明日は晴れだったら良いね。」元気が失われた声だった。手を握る力は弱く、震えていた。「そうだね。君に迷惑はかけられないから。」僕は、何故か彼女を拒絶するような言葉を吐く。決意が揺らいでいくのが分かっていたから。彼女は、何かを堪える様に息を吸って吐き、ね。とだけ言った。僕が信じられるのは、彼女の言葉だけだ。


その日は、皮膚が何かに焼かれる様な感覚があるほど暑かった。雨の匂いも鳥の鳴き声も聞こえなかった。それでも蝉の鳴き声はいつも以上に耳を貫いた。うるさかった。うるさかった。

僕が信じられるのは、彼女の言葉だけだ。

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