焚火を囲んで・・・
「それで、・・・そもそも雪食いって、何だったんですか。先生」
暗い森の中。焚火にあたりながら、昔話をしてくれたハルに、ヒストリアは質問をした。
「何って。火の神フルウバが創った生命体だよ」
「それは、わかるんですけど。何で兄の方は火に惹かれていたんですか?」
ハルが話してくれた話は、肝心な部分がわからないままだったのだ。
「うーん、どうしてだろうねぇ」
「教えてくださいよ。もとより、先生は雪食いの正体を知っていたんでしょう?」
「まぁね。姿や生態は見たことがなかったから、その日初めて知ったけど、彼らがどこからやってきて、どんなふうに生まれたのかは、聞いたことがあったんだ」
ハルは傍に集めていた薪の山から適当なものを火に放り込み、まだ燃えきっていない組み木を器用に使って、焚火にたまった灰を掻き出した。
「彼らは、火の神フルウバの炎によってできた、灰の中から生まれた生命体だよ」
「灰、ですか?」
「灰って言うのはさ、いろんなものが燃え尽きた後に残る、燃えカスのようなものでしょう?いずれ熱が冷めて、火も消えて、スカスカになったものだ。でもね、燃え尽きてすぐの灰は、まだ種火を残しているんだよ。種火ってなんだかわかる?」
「さっき火をつけるときに教えてくれたやつですよね?木くずに息を吹きかけて作った・・・」
「そう。火は植物みたいなもので、ちゃんとその種が存在する。いきなり大きな炎になることはない。灰の中にもね、燃え尽きたのに、まだ燃えることのできる火種が残っているんだよ。灰の火種は、一生懸命燃えようと、必死に火を求めるの」
ハルは、掻き出した灰に優しく息を吹きかけ、赤熱したそれに短い枝を乗っけた。すると、枝の中心部から小さな小さな火がつき、微風に煽られて枝は瞬く間に燃え始めた。
「きっとムンバイも、火を嫌っていながらも、本能的に火を求めていたんじゃないかな?」
「火を・・・求める・・・」
「それが雪食いの生まれながらに持った本能だったのかもね」
ムンバイにとって、父親の死が起点となっているのは間違いない。目の前で自分を庇って死んだ父親の姿を見たはずだ。父親の体が燃える姿を・・・。
彼らはきっと、生まれながらに雪食いではなかったはずだ。火の神の眷属とは懸け離れた生態を持つ彼らは、もっと、火と密接な関係にあったはずだから。
「長い年月を経て、生き物が進化したり、退化したり、変化することはよくあることだよ。あなた達人間にも、きっとその変化は訪れる」
「変化・・・。うーん、難しいですね」
ヒストリアは、納得がいっていないようだった。しかし、それでも彼女なりの真理を思いついたようで、自分もハルを真似て、灰から火種を作り出した。
「つまりムンバイさんは、燃えたかったってことですか?」
「・・・」
間違いではないが、そんなことをすれば、きっと彼は死んでいる。本能的に、ということをまだ理解していないようだ。
「まぁ、霊火の魔法を使えば、燃えることが出来るわけだけど、埋葬の役目に執着していたのも、そう言うことかもね」
ハルはそういうが、きっと答えはわからないだろう。ハルもヒストリアも生物学者じゃない。その答えを知るためには、もっと多くの時間を、雪食いたちと共有しなければならない。しかし、二人は旅人である。生憎、そんなことをしている暇はないし、二人とも興味はなかった。
「さぁ、今日はもう寝なさい。明日また、うんと歩くんだから」
「はい。じゃあ、おやすみなさい」
「ええ。おやすみ」
ヒストリアは、側に置いておいた赤いローブを体にかけて横になった。彼女からはすぐに寝息が聞こえ始め、その寝息も森を駆け巡る微風にかき消されていった。
「幸いなのは、彼らを滅ぼさずに済んだって、ことかしらね」
ハルは一人、焚火の番をしながら、当時の思い返していた。雪食いたちは、決して黒く染まってなどいなかった。しかし、あの時村を滅ぼしていなければ、きっとムンバイも、今頃その力を黒く染めていただろう。
「まだまだ世界は不穏なまま。きっと今もどこかで、黒の力に飲まれた者たちはいる。この子が、それらを焼き払う希望の灯になってくれることを祈るだけね」
ハルはそう言って、すやすやと眠りに付くヒストリアの寝顔を、険しい表情で眺めていたのだった。
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