雪食いと火の神

雪原の大男

火は嫌いだ。俺たちの大事な食料を根こそぎ溶かしてしまう。空気が温まって雪が水に代わったら、俺たちは生きていけなくなる。俺たちにとって雪は、命を繋ぐ大事なものなのに。


人間は嫌いだ。火を使うから。火さえ使わなければ、あいつらはとてもやさしい。時々、川の生き物や、緑の葉っぱの様なものを手渡してくる。いらないといっても、笑顔で渡してくる。訳が分からない。俺たちはそんなもの食べたりはしないのに。


人間たちが神と仰ぐアイツは大っ嫌いだ。火のケシンだとか呼ばれているアイツは、俺たちに滅びをもたらす。世界に火の神なんていらない。俺たちから冬を奪おうとする奴は、みんな敵だ。だから俺たちは、戦うんだ。神だろうが何だろうが、ぶっ殺してやる。




ここは極北の地。名もなき地方の大雪原。一面の銀世界に、ほろりほろりと降りしきる雪。風もなく、静寂に包まれ、人によっては大はしゃぎしたくなるような場所だ。雪を蹴っ飛ばして舞い上がらせたり、板っぺらで僅かな勾配を滑り降りたりして楽しむことができるだろう。しかし、残念なことに、雪の中に埋もれている赤い何かはそんなことをする気力を失っていた。


「寒っ・・・。」


そう言いながら、急に雪の中から飛び出したのは、赤いテルテル坊主だった。


こんな極寒の地でも、相変わらずの軽装で、赤いテルテル坊主ことハルは、天を見上げて、雪に振られるがままにいた。雪の中に埋もれていたせいか、その純白の御髪にも雪のかけらが引っかかっていて、赤いローブも若干濡れていた。


並の人間であれば、とうに凍死しているだろう。だが、どういうわけか、そうはなっていない。

ハルの格好は、赤いローブの下に少し厚地の白いシャツを着ていて、下には、いつもと違う長ズボンを履いている。だが、到底雪国の格好ではない。


「・・・この辺りにいると思ったんだけどなぁ。なかなか出会わない。」


どうして焚火もせずにこんな吹きさらしの中いるのかと言うと、雪食いを探しているのだ。


雪食いとは、その名の通り、雪を食べる種族のことで、見た目は真っ白い毛むくじゃらの生き物らしい。彼らは人間と同じように言葉が通ずる知的な種族で、この辺りにひときわ大きな群れで生活している一団があるという情報を得たのだ。


聞く限りでは、雪食いの生態は、生物の常識とかけ離れている。彼らは生身の肉体を持つにもかかわらず、その体温は非常に低く、体に水分が振れると、氷柱がたつほどだという。


知識があれば、それは体温が0度以下ということを理解できるが、大抵の者はそんな原理知るはずもない。なので、年中体に雪を纏い氷をぶら下げている雪食いたちは、冬の化身と呼ばれているらしい。


そんな不思議な生態系を持つ雪食いに一目会おうと、ハルはこんな極寒の地まで旅をしてきたのだが・・・。


「そう簡単に見つからないか。群れで移動しながら生活しているって言ってたから、もうこの辺りにはいないのかも。」


雪原に入る前に寄った、小さな村で得た情報は、雪食いは遊牧民のように移動し続けているということと、人間を嫌っているということだ。まさかハルを人間と勘違いして、近寄らないようにしているのだろうか。だとしたら、この姿でいるのも時に考えものだ。


「会話ができるって言うから、誤解は解けそうだけど。どうしたものかな。このままここで雪に埋もれるわけにもいかないし。」


これだけの極寒の地では、雪が降り止むことなどそうそうない。せめて雪を防げる森の中にでも逃げ込めればいいのだが、それらしい場所は、遥か彼方に見える雪山まで歩かなくてはならないだろう。


「しょうがない。歩こう。」


彼女は旅人だ。歩くことで道を切り開く。それが信条でもある。どれくらい時間がかかるかわからないけど、ハルは一歩一歩、深雪に足を突っ込みながら進みだした。


足を抜いた溝には瞬く間に新しい雪で埋まり、彼女の歩いた軌跡すぐに消えてしまったが、ハルの歩みはゆっくりと進んでいた。あとは体力勝負だ。今さら引き返す理由もない。ここまで来たからには、せめて、一目拝むだけでもいいから、雪食いと遭遇したかった。


そんな思いが通じたのか。雪原のどこからか、ボフッ、という雪が崩れるような音がした。ハルは、何かが近づいてきている気配を感じて、おもむろに腰に差した刀の柄に手をかけた。


ボフンッという音と共に、ハルの目の前に何かが降ってきた。人よりもはるかに大きな巨体で、まるで大岩が振ってきたかのような勢いだったが、落ちた場所が雪であるおかげで、ハルへの被害は雪煙を被るだけで済んでいた。しかし、ハルは決して警戒を解かなかった。


目の前に落ちてきたのは、巨人の様な生き物だった。人と似たような姿形をしてはいるけれど、その肌の色は、青白いものだったのだ。やや猫背気味の姿勢で、その生き物は、ハルをぎろりと睨んできた。


「お前は誰だ?」

「あなたこそ誰よ」


声は野太い男の声だ。雪煙が沈み、その顔が見えるようになると、顎から氷柱を垂らした大男がこちらを見ている。身長差は、ざっと2メートルくらいはあるだろうか。必然的にハルは見上げることになっているが、その体躯も相まって、かなりの威圧感がある。


「俺はムンバイ。雪食いだ。お前は誰だ?人間か?」


ぶっきらぼうな言い方だった。というより、人の言葉に慣れていないようにも見える。だが、どうやら当初の目的は果たせたようだ。この大男こそが、雪食いなのだろう。自分でも名乗ったので、間違いない。


「人間じゃないよ。私は、ハル。旅人だ」


本当のことを言う必要はないだろう。どうせ確かめる術なんてない。わかる者にはすぐにばれる。少なくとも、この雪食いは、感じ取ることはできないだろう。


「・・・人間と同じ格好をしている」

「格好だけでしょ?この世界には、人間と似たような姿をしていながら、まったく異なる種族がたくさんいるんだよ?あなただって、少し背の高い人間みたいな種族じゃない」


「・・・確かに」


案外素直だった。こういうキャラは嫌いじゃない。うまく交流すれば、彼らのことについて聞けるかもしれない。


「ねぇムンバイ。私はね、あなた達のこともっと知りたいと思っているだけど」

「俺たちを?何のために?」

「あなた達雪食いって、珍しい生態をしているでしょう?どんなふうに暮らしてるのかなって、興味があるの」


ハルがそう言うと、ムンバイはしばらく黙って考え込んでいた。言葉が難しかっただろうか。人間みたいな種族と言っても、人間と同じではないから、意思疎通に難があるの仕方がないだろう。だけど、ハルの心配とは、まったく別のことを彼は考え込んでいたようだ。


「ムンバイ?」

「ハル。俺は、一人で暮らしている」

「え?」

「俺のことを教えてやることはできる。けど、他の雪食いがどんな風に暮らしているかは知らない」


これにはハルも驚きだった。村で情報を仕入れた時は、群れで暮らしていると聞いていたから、てっきり彼もその一部だと思っていた。しかし、それはそれでハルにとっては好都合だろう。雪食い、ではなく、彼という人物を知れば、自ずとその種族についてもわかってくるはずだ。幸いにも、彼にはその気があるようだし。


「いいよ。教えてもらえるんなら、あなたのことでもいい」


「そうか。・・・うむ、じゃあ、家、くるか?」


そう言ってムンバイは踵を返し、深雪をものともせずに歩き始めた。彼の巨体からしてみれば、積もり積もった雪をかき分けることなど造作もないらしい。彼が先に歩いてくれるおかげで、ハルは楽に後を続くことが出来た。


後ろから見ても、不思議な生き物だ。体毛の生え方からして、肉体的な構造はほとんど人間い近いだろう。動物の毛皮も纏っている。だが、やはり彼らの体温は相当低いのだろう。


ムンバイに積もるっている雪は、表面こそ雪の形を成してるが、皮膚に近い部分は完全に透き通った氷となっている。彼が歩くだけで、皮膚の氷が剥がれ落ちていく。そして不思議なことに、皮膚から汗の様な液体がにじんできて、それがまた氷となっているのだ。体が青白いせいで、雪をかぶっていると、景色に溶け込んで見える。まさしく冬の化身にふさわしい生き物だった。

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