追放された元冒険者、無法地帯で成り上がる。
久佐朗
第1章 災害の男編
第1話 ある酒場で
金曜日の夜は、大抵の人にとっては至福の時だ。
明日の仕事に備えて早くベッドに入る必要も、二日酔いを恐れて酒を控える必要もない。
墨に砂鉄をまぶした様な夜空の下で、大通りは活気にあふれている。
リザードと呼ばれる巨大なトカゲが車を引いて荷を運び、巨大な剣を背負った冒険者が己の功績を自慢し、徳の高い魔術師が魔法を使い負傷者を癒している。
一見すれば甘美な場所だが、1つ道を外れると別の顔が姿を見せる。
大通りの雰囲気とは打って変わり、道は細く薄暗い。
通りを歩く人もただすれ違うだけで殺気を飛ばしている。
そんな場所にある酒場は、一癖も二癖もある連中で賑わっていた。
店内では怒号が飛び交い、手に持った酒瓶が頭に振り下ろされることも少なくない。
よく目を凝らすと、街の掲示板に貼られている手配書と同じ顔の人物もちらほらと見られる。
そんな酒場のあるテーブルで、ある男がビールジョッキを片手に店主と談笑を楽しんでいた。
「なんだってバーク。お前今なんて言ったんだ?」
店主はグラスを磨く手を止め、バークと呼ばれる人物に問いただす。
「だからよ、何度も言わせんな。俺はいつか翼の大地へ行って成り上がるんだよ。デカい家に住んでいい酒を飲んでいい女と結婚する」
バークは机にあったジョッキを手に取り、一気に喉へ流し込む。そしてジョッキの底を勢い良くテーブルに叩き付けた。
「そりゃ無理だ。バーク、お前、いやここにいる奴らには無理だよ。あそこがどんな場所か知らねえんだ」
店主は空になったバークのジョッキに、追加のビールを注ぎそう言った。
「馬鹿にすんなよ。俺は情報通なんだ。翼の大地はどの国家にも属していない無主地。人を殺そうが物を奪おうが罪には問われねえ。俺みたいな曰くつきが大金を掴むには丁度いいだろ」
バークは上機嫌に追加のビールを口に運ぶ。それを聞いた店主は無意識にため息をついた。
「張り紙の見出しだけ見て得た情報だなそれは。俺が言いたいのはその実態を知ってんのかって話だ」
店主はやや前のめりになり、バークに顔を近づける。
「いいか、俺は仕事柄、夢追い人を大勢見てきた。中にはお前みたいに翼の大地に行くって野郎もいたさ。そいつはいつか俺の店を丸ごと買い取るって謳ってたが、十年近くたった今でも顔を見せねえ。何故か分かるか?」
店主は再びバークに問いかける。そしてバークが答えを言うより先に口を開いた。
「波に飲まれたのさ。あそこは好き勝手やれる無法地帯みたいに言われてるが、実態は別だ。デカい組織が縄張りを敷いて、脅威となる連中は真っ先に芽を潰される。そうじゃなくても他にいる強者に狩れて終わりだ。特にお前みたいな奴はな」
店主は右手の人差し指でバークの鼻を小突く。
それに対し、バークは少し大げさにリアクションをとるが、特に気にしている様子もない。
それどころか、逆に胸を張って店主に反論する。
「それはそいつらの力が及ばなかったからだろ? 俺は違うぜ。翼の大地に行ったって強さは上澄みだ」
バークは実に誇らしげな表情を浮かべる。それを見た店主は再びため息をついた。
「ならお前はどんなことができるんだ? そこまで言うなら魔法ぐらいは極めてんだろ?」
「お、なんだ見たいのか? いいぜよく見てろよ」
バークは机に置いてあった空のジョッキを指さす。すると、ジョッキの表面にキラキラと光る膜が出現した。
そのままバークは指を上に向ける。するとジョッキもバークの指と連動し、宙へと浮かんだ。
「どうだすげえだろ? そこの椅子も持ち上げてやろうか?」
バークは笑うが、店主は再びため息を、今度はより深くついた。
「そんなもんは誰だってできる。ガキが魔法を学ぶ時最初に覚えるやつだろう、魔力流動は。俺が聞きたいのは火属性や水属性の魔法のことだ。物に魔力を流し込んで移動させる手品じゃねえ」
「そんなもん学の無い俺にできるわけないだろ。こっちは学校に通ったことすら無いんだよ。逆にこれができるだけでも充分すげえだろ」
バークはそして浮かしていたジョッキをゆっくりテーブルに戻し、再び胸を張る。
「それに強さは何も魔法だけじゃねえだろ。見ろこの鍛え上げられた肉体を」
力を込めた腕を店主に見せ、バークは口元を緩める。その腕は確かによく鍛えられており、筋肉の筋もできていた。
「結局ものを言うのは腕っぷだろ。つーわけで俺はいつかビッグになるんでそこんとこよろしく」
全く懲りないバークに、店主はため息をつくこともしなくなった。一度顔をしかめ、再びグラスを磨き始める。
「それはそうと、それ、三杯目じゃないか?」
「は? ちげえよまだ二杯目の途中」
バークはそう言いながら口元を抑える。
「やっぱりな。早く外に行け。店内で吐かれても迷惑だ」
「うっぷ。言われ、なくともな」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます