私は今──

無気力なすび

第終話 兄はいずこへ

 兄が、消えた。


 携帯に掛けてみても反応はなくて、高校にも数日前から登校していなくて、欠席の連絡もないらしい。


「ったく、どこに行ったのよお兄ちゃん」

 苛立ちながらも、お人好しな私は手掛かりを探しに兄のアパートへおもむく。

 悪い友達と新宿の辺りを夜通しうろついてるのか? いや、兄はそんなタイプじゃない。


 歩きながら考える。もしかしたら、兄は病で倒れたんじゃないだろうか。

 ドアを開けたら、高熱で身動きの取れない兄が倒れている?

 ううん。何となくだけど、違うと思う。


『おお、結か! どうしたんだい?』

 そんな風に笑って、おどけて、ブチ切れた私に脚のすねを蹴られるんだろう。

 そう思ったら余計に腹が立って来た。

 兄のアパートの鍵を握りしめて、足を速める。


 そして、私はアパートへと辿り着いた。

 郵便受けに手紙のたぐいが溜まってる様子はない。

 三階への階段を上がり、呼び鈴を押す。

 反応なし。

 二度目の呼び鈴の後に、合鍵でドアを開く。


「お兄ちゃん」

 返事はない。

 玄関からはキッチンや風呂場、トイレ、それから押し入れが見えて、その先にフローリングの六畳間。


「流石に玄関では倒れてないよね」

 わらって靴を脱ぎ、捜索する。

 だけど、兄はどこにもいなかった。

 押し入れにも、誰もいない。


「あ……あれ?」

 押し入れの中には何もなくて、首が傾く。

 六畳間を覗いて、私は立ち竦んでしまう。

 家具が無い。カーテンも、ベッドも、冷蔵庫も、卓袱ちゃぶ台も、何もかも。


「お兄ちゃん……どこ……」

 どの位そうしていただろう。数分間かもしれないし、数時間だったかもしれない。

 ふと、ズボンの中で携帯が鳴って、画面を見て。


──やだ

 母からだった。

──イヤだ

 電話に出る。

──嫌だ


『またアパートに行ったのね』

 母の声は、上ずっていた。


『そこはもう空き家なんだから、勝手に入っちゃ迷惑でしょう』

 電話の向こうで、母の心配は最高潮に達していく。


「ママ。何を言ってるか、分かんないよ」


『高校の先生から報告あったわよ。また、電話して来たって……っ』


「だって、ずっと──」

 あれ? 声が……出ない……。


『もうお兄ちゃんはいないの! っ、何処にも……い"な"い"の"よお"っ──』

 あ……やだ……イヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだ


『殺されたの──っ。お兄ちゃんを、付け回していた、女が……ウゥッ、グゥゥゥ──』

 流れ続ける母の嗚咽。手を滑り落ちた携帯から。


 思い出す、思い出してしまう。

 兄を火葬したことも、棺桶で最後の挨拶を伝えた事も、混乱する両親達も、警察からの連絡も。


 膝から崩れ落ちる。

 起き上がれずに涙がこぼれて、顔の周りで水溜りに。

 息をするのもギリギリで、私は想いをせる。


 私からお兄ちゃんを奪った誰かへ、届いてますか?

 「私は今、事件の現場に来ています」

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私は今── 無気力なすび @42731maou

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