第5話:夫婦としての関係
レヒニタさんのチェンバーメイドの二人は、本人希望の退職で紹介状を渡しました。
使用人の方は誤解しているようですが、紹介状は良い事だけ書いてあるわけではありません。
当たり前ですが、嘘は書きません。
『うちではこんな感じで働いてましたけど、それでも良かったらどうぞ』
そういう内容なのです。
紹介状を書く価値も無い方は、窃盗や家人を誘惑する等、とても他家に紹介出来ない人であり、使用人どころか人間性が疑われる方です。
チェンバーメイドの二人の紹介状には『女主人の意向を無視する方です』という事を、実際の状況を包み隠さす書きました。
正直、私が嫁ぐ前に雇われた方なので、どうして雇ったのか謎です。レディースメイドなのに、紹介状も無いのです。
激しいノックの音が、女主人の執務室へ響きました。
既視感ですね。
前と同じようにクルスが扉へ向かいます。
しかし今回は、クルスが開ける前に扉が開かれました。
「ちょっと! アタシの侍女がクビってどういう事よ!」
飛び込んで来たのは、予想通りレヒニタさんでした。
「レヒニタさん、扉は中から返事があってから開けるものですよ」
何度も教えているのですが、彼女は待てないようですね。それでも、前はノックすらしなかったので、少しだけ進歩したと言えるでしょうか。
「カンナさん! アタシの侍女を返して!」
執務机を大きな音を立てて叩きながら、その音に負けない大声でレヒニタさんが叫びます。
興奮して顔は真っ赤だし、何度も机を叩く様子は、体が弱いようには見えません。
まぁ、別に良いですけど。
「レヒニタさん、貴女付きのメイドはいますよね?」
呼べばすぐに来る、レヒニタさん付きのメイドが居ます。
ただ、今までのように付きっきりでは無いだけです。
「だから! 普通の子じゃつまんないでしょ!? レグロとの夜の話とか、誰とすれば良いのよ!」
私だけでなく、クルスも絶句していました。
まさか、そのような下世話な話をする為だけに雇われていたのですか?
私達の様子に気付いていないのか、気付いていて無視しているのか、レヒニタさんの主張が続きます。
「あの二人は経験豊富なの! 私の知らない技とか教えてくれるから、レグロも喜んでくれるし、
「だん……しょう?」
聞き捨てならない単語が聞こえてきました。
まさか、侯爵家のタウンハウスに男娼が出入りしていたと言うのですか?
私の表情を見て何を思ったのか、レヒニタさんが得意気な顔で私を見下ろしてきます。
「カンナさんはレグロに相手されないから、勉強しなくて良いのかぁ」
それからクルスへ伏せ目がちな視線を向けます。色目、のつもりでしょうか。
「ねぇ、貴女も色々してくれる女の方が良いでしょぉう?」
体を不自然にくねくねと動かし、クルスの方へと胸を強調するような格好で向き直ります。
そのようなレヒニタさんへ、クルスは見事な無表情を向けました。
「いえ。私は妻一筋ですので。何も知らない妻をとても可愛いと思いますし、誇りです」
キッパリと言い切ったクルスを見て、レヒニタさんは一瞬目を見開いた後、引き攣った笑顔になりました。
「もてない男の
鼻から息を吐き出してそう言い捨てると、レヒニタさんは部屋を出て行きました。
開けっ放しになっていた扉を閉めたクルスは、溜め息を吐き出しながら私の隣へとやって来ました。
そして、そっと私の頭を撫でます。
「レグロ殿がカリナに興味を持たなくて良かった」
ゆっくりと紡がれた言葉は、間違い無くクルスの本心でしょう。
「さっきの言葉、嬉しかった」
私は横に立つクルスへと、そっと体を傾けました。頭がコツリとクルスへと当たります。
「本当の事だからね。お陰で私はまだ清いままだ」
思わず顔を上げると、苦笑したクルスと視線が合いました。
「戦場ではそういう女性が居ると……」
戦場での行為は、不貞には当たらないと公式に認められている程です。
「生きて帰って、カリナと本当の夫婦になるつもりだったからね」
クルスが優しく微笑みながら、顔を近付けてきます。
私はそっと目を閉じました。
再会してから、初めての触れ合いです。
この日の夜。
私とクルスは、本当の夫婦になりました。
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