第2話:むすめに会いました




「はじめまして! アタシ、パパのむすめのレヒニタって言うの!」

 初めて会う義娘は、どう大目に見ても成人しています。

 結婚式に参列していた時、真っ白いワンピースドレスに白い花飾りを頭に着けていて、常識の無い装いが気になった方でした。

 ベールを被ったら、私よりも花嫁らしい衣装です。


「カリナ・フォルテアと申します」

 軽く会釈して挨拶をすると、レヒニタさんは横に座るの腕に自分の腕を絡ませて、体を密着させました。

 そう。私は一人で座り、向かいの席に夫とレヒニタさんが並んで座っているのです。


「ねぇ、レグロぉ。カナさんってばおっかしいのお~。自分の名前間違えてるぅ」

 アハハハと大口あけて笑う姿は、確かにきちんとした教育を受けたとは思えません。私の名前はわざと間違えているのか、きちんとした発音が出来ないのか、どちらなのでしょう。


「そうだよ、カリナ。君はもうフォルテアじゃなくて、の妻のアレンサナ夫人だろ?」

 本当にそう思っているのならば、そのレヒニタさんの腰へ回した腕をどうにかしてください。


 結婚した途端に態度が変わる男性の事はよく耳にしますが、ここまで酷い方は少ないでしょうね。

 ゆっくりと家族になろうと本気で思っていた自分が、滑稽で、哀れで仕方ありません。



 私が敢えて「フォルテア」と名乗った嫌味にも気付かず、二人は馬車の中で体を寄せ合い、恋人のように振る舞います。

 いえ、実際に恋人なのでしょう。

 何せ血の繋がりのない親子なのですから。


 新居までの道程が、とても長く感じます。

 二人は私など居ないかのように、クスクスと笑いながら会話をしています。

 もしかしたら、態と聞かせているのでしょうか?


「ねぇパパ。こうしゃく? が怒って私の世話をする人が居なくなっちゃったじゃな~い? 明日からは、カナさんが私の面倒を見てくれるんでしょ? だって母親だしぃ~?」

 貴女が本当に幼い子でしたらそれもありましたが、成人しているのでその限りではないですわね。


「当たり前だろう。その為に結婚したんだからな」

 この男は何を言ってるのでしょうか?

 雇用契約の書面を交わしたわけでもないですし、成人している義娘を養育する義務はありません。

 お断りいたします。




 結婚前に調査はしましたが、彼の言葉に嘘は無かったので騙されました。

 貴族の養子は、親族でなければ子供の年齢を調べられないのも災いしました。

 全て公開してしまうと、お家騒動が露見してしまう危険があるからしょうがないのですが……。


 前の奥様と離婚してすぐに養子を迎えていたのを、公式記録で確認しました。

「義娘」の話は嘘では無かったのです。

 愛人でも居て、その人が子供を産んだのが原因で離婚になったのだろう、と予測していました。世間体もあり「血の繋がりがない」と言っているのだと、勝手に納得していました。

 そこら辺の話は、調べても出て来なかったのです。


 ただ、離婚後に外に愛人を囲っている様子が無かったので、子供を引き取って関係を精算したのだと思ってました。

 愛人を作った事は褒められませんが、子供を引き取って育てる誠実さは有るのだと、そう思っていたのです。



 まさか中に引き入れていたとは、思いませんでした。



 「学校に行けないのできちんとした教育を受けさせたい」。

 年齢的に、今更学校へ行けませんものね。

 「人とあまり接して来なかったので社交界の規則を教えてやりたい」。

 正式に結婚しなかったという事は、平民出身なのでしょう。

 「難しい気質なので気のおけない相手に世話をして欲しい」。

 侯爵家として、醜聞を完璧に隠したいのですね。




 今までの事を思い返していたら、馬車が止まりました。

 新居へ着いたのでしょう。

 夫が先に降り、レヒニタさんの手を取り降ろします。

 そして私へ手を差し伸べてきました。

 無視していると、車体を強く叩いてきました。


「おい! さっさと降りろ! 再婚してすぐ離婚なんて、恥ずかしくて出来ないんだから諦めろ!」

 確かに、ただでさえ私は伯爵家で、相手は侯爵家です。

「カナさ~ん、駄々こねてないで早くしてよ~。お腹空いた~」

 レヒニタさんにまで急かされ、私は益々意固地になっていました。



「いかがいたしました? 旦那様」

 馬車が停まったのになかなか主人が入って来ないからでしょう。

 使用人が声を掛けてきました。

 私の座っている席からは、相手の姿は見えません。

 でも、でも、この声は……?


「新しい妻だ。部屋へ案内して、適当に皆へ紹介しておけ」

 私を降ろす事よりレヒニタさんを優先する事にした夫は、私を使用人に任せて部屋へと入って行きました。


 でも、それで良かったのです。

 私は彼の顔をゆっくりと確認出来るのですから。



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