腐ッタリー少女羅

イズラ

一.追憶の朝

1.幸せに

 どこまでも続く青空の下、一希は透き通った目で 彼女らを見つめていた。


 仲の良い姉妹のようだ。


 姉は 藍色のワンピースに似合わない 黒いシルクハットを被っていた。


 それにしても 奇妙な格好をしている。


 2人で草原を転げ回っているときも、大きなシルクハットを外す様子はなかった。


 むしろ取れないようにか、帽子を両手で抑えている。


「 「 あははっ、在子ありこーっ! おいで おいでー! 」 」



 呼びかける声で 咄嗟に反応してしまった自分を、心の中で強くとがめた。


 そう、孤児の私には関わりのないこと。


 決して手の届かない未来には、もう期待も渇望もしない。


 そう思い、何の希望もない自分の世界に戻ろうとした。


「おいで……お、いデ…」



 ――その瞬間、帽子が取れた。


「あっ」



 思わず声が出たが、それ以上の言葉を発することはできなかった。


「お姉ちゃん……?」



 ああ、そうか。


 あの子たちは「幸せな姉妹」なんかじゃない。


「……!」


 直後、妹からスっと笑顔が消えた。


 そして どんどん青ざめて行く。


 露出したのは いくつものヒダが生えた赤いゼリー状の物体だった。


「……い……い…、いやあああぁぁァァァァ!!!!」



 絶叫する少女の目に映るのは、頭部を寄生された姉の姿。


『□や・・・□□け□・・・・・・わ□□の・・い□う□・・・・!』



 言葉にならぬ言葉を発する姉を前に、少女は白目を剥いて 気絶寸前だった。


『・・・し□たくな・・・・、・・・・・・・』



 ついに妹は 全身を硬直させたまま 草の上に倒れた。


 姉も、喋らなくなった。




 そして、死んでいくのだ。


 彼女も、その妹も。


「かわいそうに」



 助ける義理はない。


 人生には「死ぬべきとき」があるのだ。


 そこで死ねなければ、その先に待っているのは「苦痛」のみ。


 自身に刻み込んだ信念を胸に、そっと歩き出す。


 もう、ここに来ることはないだろう。







 生き抜くために争って殺し合う。


 貪る肉を探すだけの一日。

 

 そんな生活をしていないだけ、マシだと思っていた。



 誰かを気遣うこともなく、ただ自分が生きているだけでいい。


 絶望も渇望もしない。



 そんな人生を 歩んでいれば、自然と「幸せに」なれると思っていた。


 そのためなら、薄情な人間でもいいと思っていた。


 なのに




 身分も知らない少女を 助けてしまった。




―――『一.追憶の朝』

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