第08話 妖精に誘拐された代償
(エルフって、あんまり体温が高くない気がする。ルディレットも、ずっと僕のお腹を抱っこしてるのに、僕の体のほうがあったかい気がする……)
今までずっと、馬から落ちないように、過保護に支えてくれているのかと思っていた。けれど、どうやら暖をとっているらしいことがわかってきた。アレンはこの里のエルフたちしか知らないが、彼らは薄着なことが多くて、たまにそのまま風に乗って飛んでいってしまいそうなくらい、軽やかな衣装を身にまとっている者もいる。ルディレットは兵士なのか、革の鎧で武装はしているが、アレンが知っている鎧の兵士たちとは装備の厚さが雲泥の差だった。
(僕の、住んでた家かぁ。帰っても、いいのかな……)
アレンはぼんやりと想像してみるけど、家族の誰も、良い顔をしてくれなかった。後ろのルディレットが張り切っているから、気まずい空気にしたくなくて、言い出せなかった。
多分、ルディレットに説明したって理解できないような気がした。それに、アレン自身もここでの生活は羞恥と悲しみに満ちているから、叶うことなら、ここから出たかった。
「俺は半年前まで、ずっと別のエルフの森にいたんだ。どうにも、この里の気質に馴染めなくてな」
「え?」
君も? と、思わず尋ねそうになって、慌てて口をつぐんだ。仮にもここは、彼の家族が住んでいる場所だ。軽々しく悪く言いたくなかった。
「この里のエルフは、薬とか、何かの実験とか、そういうのを介していろんな魔法を編み出している。それで世界中の妖精族から注目されるほど、結果を出し続けているんだ。だから、賢い奴らだとは思ってるよ。けどさぁ、人間や、森で生きる動物や、他の妖精たちや、オークとか、とにかくエルフ以外の生き物を実験対象としか捉えていないっていうのが、俺にとってはどうにも受け入れられない感性なんだ」
「……」
「今日だって、裸で倒れてたアレンを、そのまま床に放置してた。ひどいと思ったよ。でも、俺以外のエルフは、絶対にそんなこと思わない」
「……君のおかげで、俺、風邪引かないで済んだよ」
風ではだけそうになるマントを、ギュッと片手で手繰り寄せた。ルディレットの顔が見られなくて、うつむいて、じんわりと赤面していく。
「あり、がとぅ……」
じわりと温まる下腹部。アレンはうっすらと、思い出してしまった。ここが優しい指遣いで扱われて、心地よい熱をゆるやかに吐き出してしまった事実を。優しい荒治療でアレンの興奮を落ち着かせてくれた少年がいたことを。過呼吸に苦しむ自分に口を落とし、少しだけ酸欠になりながら呼吸の主導権を握られた。ずっと扱かれ続けて迎えた快楽は、両足が跳ねるほどだった。
(ルディレットにとっては、ただ僕を助けるためだったとしても、すごく、嬉しかった……。でも、たぶんルディレットは好きになっちゃいけない相手なんだと思う。なにもかも合わないし……)
応急処置だったとしても、アレンが素直にお礼を言えないようなことを率先して実行し、さっきだって胸の蕾をいじくられ、危うく声が出そうになった。どれもこれも、アレンのためらしい、のだが……。
(他のエルフたちよりも、ルディレットのほうが、怖いかも……)
話が通じるようで通じない。アレンが嫌がっても、力ずくで捻じ伏せてくる。この現状だって、助けてもらったというよりも、動けなくされて物理的に腕で捕えられているかのように思えてきた。
マント一枚で裸足のアレンに、馬に乗った相手から遠く逃げられる算段は無い。
なんの合図もなく、突然馬が蹄を鳴らして空高く跳躍した。崖をひょいひょいと登りだし、瞬く間に崖の上の馬宿へと到着してしまった。本来なら遠回りしてゆっくりと歩む道が、かなり短縮された。
木々の隙間から、馬宿が見える。ここの主は、仕事の途中で抜け出した従業員を、大目に見るような性格ではない。
アレンは自分の格好を恥じ、見送りはここまでで良いと申し出た。裸足で馬から降りた際に、小石が足の裏に強く当たって痛かった。下着も何もかも、全部自分が脱いで置いていった事実を、思い知らされる。
「今日は、ありがとう。次からは、その……」
「わかっている。約束してからだろ?」
「その……僕は、ここで雇われている身だから、勝手に君と出かけることはできないんだ。都合を合わせて遊びに行く事はできるけど、長い旅は、できるかわからないんだ」
「そうなのか? 許可などもらわずとも、俺は選んだ相手といつでも旅ができるものと思っていたのだが」
「君は里長の息子だから、ある程度は自由にできる立場かも。でも僕は、その、仕事もあるし、いきなり馬たちを置いてけぼりにして、長いこと遠出するのは、できないんだ」
アレンは目が泳いでいた。つまり何が言いたいのか、ここでズバッと言えたらいいのにとモゴモゴしながら、なんとか上手いこと断れないか、そして、馬宿の主ディントレスを代わりに選んでもらえないかと言葉を探すが、長い間、誰ともろくに会話ができなかったせいもあり、うまく言葉が見つからなかった。
「アレン」
しどろもどろで足元ばかり見ていたアレンは、優しく名前を呼ばれて、おずおずと彼を見上げた。すっかり薄暗くなった空の下、妖精の彼は、ぼんやりと輝いていた。それだけで、目印となってしまうくらいに。
(ああ、ずっと彼の前に座っていたから、気がつかなかった……やっぱり、みんな人間じゃないんだ。僕のことを、誰も理解できないのは、仕方がないことなんだ)
あきらめと悲しみが、夜の肌寒さとともに染みてくる。
ルディレットが、ふっと馬宿に視線を移した。
「せっかくここまで来たんだ。アレンの雇い主に、このまま話をする」
「ええ!?」
「ハハ、俺だって馬鹿じゃないぞ。お前の身に何が起きたのかも、ちゃんとごまかして伝えておく。仕事をサボっていた挙句、作業着まで失ったとあれば、お前が罰を受けてしまうからな」
ちゃんとした言い訳を、アレンのために用意してくれているらしい。しかし、馬宿の主が神経質で繊細で、心身ともに潔癖症であることを、彼は知っているのだろうか……アレンはだんだん不安になってきた。
(でも、立場が上のルディレットの話なら、ディントレスさんも飲んでくれる、かも……?)
一抹の不安を抱えながらも、了承してしまった。
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