第07話 アレンのすまき
アレンが目を覚ますと、空が赤くなっていた。そして、極力振動を与えないように、ゆっくりと蹄を鳴らす馬の鞍の上で、誰かに抱きしめられるようにして乗っていることに気がついた。
後ろで誰が手綱を握っているのか、わかる。この里で唯一、アレンと会話らしい会話をしてくれて、唯一、味方してくれようとする、エルフの少年ルディレットだ。
アレンが頭上を見上げるようにして、彼の顔を見上げた。衣服の代わりにマント一枚を体に巻かれたアレンの首元から、肌寒くなった風が入りこんで、少し身を縮めながら、小さく少年の名を呼んだ。
「ん、アレン。起きたのか」
「……」
ルディレットの顔も、ぼんやりしていて元気がなかった。何か悲しいことがあってのことだとアレンは察し、そしてそれは……自分が原因ではないかと思い至った。
「……ぼ、俺が、あそこで何してたか、見てた……?」
「……。俺は部屋を出されてたから、見てない」
ホッとするアレンの様子を、ルディレットは眺めていた。
「でもアレンが裸で転がってたから、マントで巻いて、連れて帰った。父さんは部屋にいなかったよ」
それはアレンをギョッとさせる情報だった。さっきまで一緒にいた相手が、裸で部屋に転がっていたら、普通は気にならないだろうか。何があったのか、聞きたく思わないのだろうか。
(……聞かないの? 君は本当に、あの部屋で何があったのか、知らないの?)
本当は、知っているんじゃないかと疑ってしまうアレンだったが、とても言い出せないし、これ以上しつこく尋ねる勇気もなかった。
「このまま馬宿まで送る。今日は、連れ出して悪かったな」
「……次からはさ、どこかに出かけるなら、事前に約束しようよ」
「約束?」
「うん」
「じゃあ明日! 明日の朝に、エルダーフラワーの花束を持って、アレンを連れて行く!」
「ん?」
急に元気になったルディレットに、アレンは嫌な予感がした。
「俺が儀式の旅に出るとき、アレンも連れてく。約束しただろ? アレンを家に帰してやるって!」
ニカッと笑うルディレットに、そう言えばそんな口約束を彼と交わしていたことを、たった今思い出したアレンは、一人青ざめた。
アレンの雇い主ディントレスは、このエルフの少年から従者に選ばれることを、以前から浮かれるほど期待していた。その夢が裏切られた上に、選ばれたのはなんとアレンだと知れば、一ヶ月くらい拗ねて事務室から出てこないかもしれない……その間の馬の世話は、いったい誰がするのだろうか。
(もしも……もしもルディレットの気持ちが明日になっても変わらなさそうなら、他のエルフに馬とディントレスさんの様子見を頼まないと。まさか馬を餓死させるような事は、さすがにしないと信じたいけど、万が一にも、備えておかなきゃ!)
慌てふためく心とは真逆に、今はマントにぐるぐる巻きにされて、馬の上に座らされている。ここから飛び降りて、マント一枚で馬宿に走って帰るわけにもいかない。潔癖症なディントレスは、アレンにそういう商売の名残りが見えるのをすごく嫌うからだ。
これ以上、雇い主から心の距離を開けられてしまっては、仕事に支障が出る。
「あ、あの、えっと……送ってもらえるのは嬉しいんだけど、できるなら、馬宿の手前で降ろしてもらえないかな。こんな格好して帰ってきたら、叱られちゃうからさ。ちゃんと着替えて、サボっちゃった分の仕事を片付けたいんだ」
「ん? 格好のことは気にするな。俺はこれから、お前を性奴隷にしたって周りに言いふらさなくちゃならないんだから、今の格好のほうが説得力があって、都合がいいぞ」
「なっ、え!? なんの都合なの!? なんでそんなこと言いふらすの!?」
アレンは少し足をばたつかせてしまった。半年前まで里長の愛馬だった、そんな黄金の馬の上で、人間が騒いでいる様子を見かねて、路肩を歩いていたエルフの男が声を掛けた。
ルディレットが馬を停めてしまった。
(!)
このままでは、後ろのルディレットが変なことを言い出してしまう。その前に何か言わないと、と慌てるアレンのマントの中へ、するりと指が這ってきた。お腹をなぞられながら、爪の先が上へとのぼってゆく。
(く、くすぐったい! やめてやめてやめて! 人前で、お願いやめて!)
突然馬の上で爆笑する変なヤツだと思われたくないアレンは、これ以上目立ちたくない一心で、顔に出ないように耐えた。
その間にルディレットが、アレンを性的に飼っているのだと、あっさり説明。
びっくりしているエルフの男性に、アレンを抱き寄せて見せる。
「ああ、先ほどたっぷりと絞り出してやったぞ。だからもう、お前たちの分は出ないからな」
木の実を愛でるように、キュッと摘まれ上向かされた。マントの下からは見えない、けれど、ぷにぷにと優しく圧されるうちに、充血して硬くなってきて、アレンは思わず男性とは反対側に頭を傾けて、顔を見られないようにした。
平常が保てなくなっている自分に、恥ずかしくなる。
その様子は端から見れば、ルディレットの発言を肯定しているようだった。男性は顔を引き攣らせて、とりあえず挨拶だけして走り去っていった。
「ル、ルディ――」
爪先で先端を軽く潰されて、アレンが堪えきれず大きな悲鳴を漏らした。身じろぎして手を外そうとするも、戦士として鍛えられているルディレットを振り解くことができず、赤面して顔を上げた。
「ルディレット!」
「悪い悪い。嘘つくのは緊張するから、なんかぷにぷにの触ってたら、落ち着いた」
「ぼっ、俺は! 生きた心地がしなかったよ! ちょ、もう手ぇ離してよ! やめてったら」
「ぷにぷに〜」
「もう硬くてぷにぷにしてないだろ!」
ぎゅうと抱きしめられて、ケラケラ笑われながらぷにぷにされ続けた。
「こういう感じに言いふらしておけば、今夜は誰もお前を研究対象にはしないだろ?」
「え!? 君、やっぱり、あの部屋でのこと、知ってるんじゃ……」
「ん? どうせ採尿とかしてたんだろ。まさか用を足すだけで、全裸になるとはな。そこまで脱ぐのが大変な作業着だとは思わなかったぞ。今度ディントレスに、上下で分かれているタイプの服を支給してもらえ。俺も結局着せられなくて、こうやってマントで巻いているだけになっている」
わざわざ着せてくれようとしたのかと、アレンは羞恥心で気が遠のきかけてしまった。
二人を乗せて、馬は歩き続けてゆく。
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