第3話 魔法

「ヴォロロロロ!」という奇怪な音とともに、タモツの口からクソ水と昼間のまかないが勢いよく飛でる。


「ゼェ……ゼェ……み、水くれ、マジ死ぬ」と、キレ気味に口を濯ぐための水を要求すると、ゲンさんは「何じゃだらしのない、ほれ水」と、どこからともなく水の入った湯呑みを差し出す。


湯呑みの中の水は透明で澄んでいた。

タモツは湯呑みを受け取ると、一気に口に運び、口の皮が破れるくらいゆすぐ。そういうのが4回位やってやっと不快感が無くなった。


「何さらしとんじゃクソジジイ」。


「クソジジイ…」と、ゲンさんは何故か少し照れくさそうに呟いた。


「褒めてねぇよ、何照れてんだジジイ」。


「ジジイとはなんだジジイとは、クソおじいちゃんと呼びなさい」。


「クソはいいのかよクソが」。


「『逆境を乗り越える不屈のクソ闘志の象徴』じゃろ?』」。


「『排泄物クソ』だろ」。


「まぁ、落ち着け」と、ゲンさんはからの湯呑みをタモツの手から取る。そして、湯呑みの上で指で空中に円を描く仕草をすると、その瞬間水が湧き出てくるかのように、湯呑みに水が満たされた。


「ほれ」。


「アンタが………ゲンさん今何した?」。


「お前にクソ水を…」。 


「違う、湯呑みに水を……」。


ゲンさんは、驚いた様子のタモツに対して、不思議そうな表情を浮かべながら言った。「───『水が湧き出る魔法』じゃが」。


「『水が湧き出る魔法』……」

バツの悪そうな顔でゲンさんを見る。


異世界ものと聞いて当然魔法ありありの世界を想像していた訳だが、こうもあっさりやられると情緒も趣きもあったもんじゃない。


ゲンさんの手から湯呑みを取り水を一啜り。


「ゲンさん魔法使いなの?」。


「そんな大層なもんじゃないわい」。


「じゃあさ、俺も使えるの?」


「え、使えないの?ポンコツじゃん。」


ジジイの若者言葉がやけにウザく響いた。「そう言わずに教えてくれよ」と、タモツが無理やり堪えた苛立ちを口にした。


「教えろと言われてもな……あぁそう、小便出す感覚とにとる」と、ゲンさんが言った。


次の瞬間、湯呑みに入った水を一瞥して、再び不快な気持ちが心をよぎった。


「『水が湧き出る魔法』は一般生活魔法じゃ、事象を想像してなんかしらのジェスチャーと紐づける、わしの場合『円』じゃな」。


「『円』?」。


「あぁ、こうやって……」。指の先で軽やかに輪郭を描く。すると、水滴が空中で集まり、水の玉となって地に落ちた。


「おぉ!!」。

タモツは思わず感嘆の息を漏らすと同時に、軽く拍手を送った。「こんなもんハナタレの小僧でもできるわ」、ゲンさんは軽い口調で言いながらも、まんざらでもない様子だった。


「ほれ、やってみぃ」。


「応!!」。


ゲンさんの促しに応じ、タモツは期待に胸を膨らませて水の魔法を試してみることにした。ゆっくりとつばを飲み込んでから、頭の中で水が集まる様子を想像し、ゲンさんの手元で見せてくれたような円を描く。


────何も起こらない。水滴が集まる様子は見当たらない。


変な汗が背筋を一滴つたる。


繰り返し空に円を描く、されど何も起こらない。


少し時が流れて、雑踏を一瞥して、深呼吸をして、力強く、力強く、それはもう力強く円を────


何も起こらない。何も起こらない(迫真)。


「「えぇ………」」





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昨今珍しくもないダメ人間、異世界へ飛ぶ スパニッシュオクラ @4510471kou

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