第13話

 古い蛍光灯が点滅だけして消えてしまっても、洸は小さく「あれ?」と呟いただけだった。廊下から差し込む電灯の黄色い光を頼りに、部屋中に散らかった画材を避けて奥へ進む。イーゼルの上の大きなキャンバスは、布を掛けられたまま、そこにあった。ずっと気になっていた描きかけの絵。さとみの背丈を越えるこのキャンバスに描かれているのは、きっと洸の大切なものに違いない。見てしまっていいのだろうか。今になって腰が引けるのを感じた。

 カーテンを開けると、絵本で見るような大きな月が窓の外に浮かんでいた。洸の指がキャンバスを覆う布の端を掴み、ゆっくり引いていく。さとみは息を止め、それを見守った。やがて、絵を覆っていた白い布はすべて足元に落ちた。月光がキャンバスを照らす。目の前に現れたものを見て驚くと同時に、やはりという思いがあった。

 美しい絵だった。強風に抗えず散る花弁が、きらびやかに宙を舞う。自らを繋ぎとめていた土台から引きちぎられ、風にもてあそばれ舞う姿ははかなげでたおやかで、そして言い知れぬ悲しみに満ちているように見えた。

「取り戻そうとするな」

 独り言のように、それは聞こえた。洸が、手に持った布の端を投げる。

「心が欲しいなら諦めろ。……隼人に、そう言われたんだ」

 静かな。どこまでも静かな声だった。


 舞い散る花弁の中にたたずむ美しい人。それは、冬月結子の肖像画だった。

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