第40話 エピローグ

 静かだった。

 何も聞こえなかった。洞窟の中で自分たちは死んで、魂は根の国へと向かっているのだろうか。急げば神々に追いつくかもしれない。二人より四人。数が多ければ怖さも薄れるのではないだろうか。勇者のパーティみたいに仲間を増やして……。

 どこまで呑気なのだろうと、自分が可笑しくなる。どんな世界なのか想像すらつかないのに。

「あれ?」

 貢の声が聞こえた。頬を付けていた胸から顔を上げると、無機質な光が目に入った。

──あれ? ここって。

 見覚えがある、クリーム色の壁とダークグリーンの廊下。

「図書館?」

 間違いない。図書館の内廊下だ。貢と出会ったあの場所である。

「助かった?」

 神主の格好をした貢と顔を見合わせる。生きている。確かに目の前に存在している。

「……助けてくれたんだ」

 貢がポツリと言う。誰が、などと聞かなくても分かる。

 気が遠くなるほどの長い時間、わざわいの神として洞窟の奥に閉じ込められ、更には世界を救うために根の国へと追いやられたにも関わらず、彼らは私たちを助けてくれた。

『神様とは、そういうものですから』

 岬の言葉が思い出される。

「ありがとう」

 貢が、何もない空間に向かって呟いた。



 神主と巫女のコスプレをした二人は、人々の視線を浴びながら図書館を後にした。携帯は置いてきたので連絡の取りようがない。図書館で電話を借りようと提案したが、番号を憶えていないと却下された。

「家の電話からなら、連絡出来ると思う」

 そう言うのを信じて、人目を避けながら(避け切れはしないのだが)貢の家へと急いだ。

 なのに……。


 貢は、玄関に立ちすくんだまま動かなかった。ギリギリと音がしそうな感じで、顔だけをこちらに向ける。

「どうしたの?」

 嫌な予感がした。貢がこめかみを指で掻くのが見えた。

「鍵がない」

「…………」

 洞窟の岩が、改めて頭の上に落ちてきたような気がした。

「どこかに隠してないの? マットの下とか、郵便受けの中とか」

 貢は弱々しく首を振る。

大概たいがいはお祖父ちゃんが家に居るから、そういう事はしてないんだ」

 脚から力が抜け、桐子はその場にしゃがみ込んだ。

 待つしかないのか……。

 空には灰色の雲がれ込めており、時間がはっきり分からない。何時ごろなのだろう。

「夕方ぐらいかなあ?」

 今の時期の日の入りは六時ぐらいだろうか。暗くなれば分かるだろうが、何時に戻って来るのだろう。そもそも、今日中に帰って来るのだろうか。

「腹減った」

 貢が言う。

「たぬき蕎麦食べたい」

「……そうね」

 考えてみれば、昨夜から何も口にしていない。野瀬が出してくれた料理が思い出され、お腹が鳴るのを感じた。


 あたりが暗くなってから、かなりの時間が経った。

「早く帰って来てくれ~」

 近所に遠慮しながら、貢が小声でそう呼びかける。

 何だか可笑しかった。あれほどの事態から生きて戻れたにも関わらず、私たちはまた何かをねがっている。暖かい家に入りたい。ご飯が食べたい。そして、大切な人達に会いたい。


 ふと遠くでエンジン音が聞こえた。

「お祖父ちゃんのフィガロの音だ」

 貢が立ち上がる。表情が明るかった。

 ヘッドライトの光が、次第に大きくなってくる。まぶしさに目を細めながら、桐子たちはそれに向かい、力いっぱい手を振った。



                   完

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図書館のアリアドネ 古村あきら @komura_akira

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