第32話 着信
「神主さんもそうですけど、神社の人が迷ったり相談者の気持ちに寄り添いすぎて悩んだりするのって不思議な気がしますね。お寺だったら住職が諭してくれるイメージがありますけど」
日曜の朝である。靖久から報告があるとのことで、桐子は貢の家に来ていた。
「神社の仕事は八百万の神を祀ることで、民衆に何かを説くことではないんだよ。修行によって悟りを開いたり、仏の教えを広めたりもしない。成り立ちが違うからね」
桐子の疑問に、靖久が答える。
「その代わりに
小百合が付け加えた。
「仏教における
神の意志こそが
姫神を探しているという事に関する情報は今回もつかめなかった。成果と言えるのは、人が消えるという噂についてのもの。あの洞窟には、何か秘密があるのだ。
「洞窟の神様ねえ」
小百合が呟く。随分老け込んでしまったように見えるが、靖久の話によれば少しは落ち着いてきたらしい。来週には講義に復帰する予定だと言っていた。
情報は限られている。神社の家宅捜索をしたいところではあるが、警察でもないので、それは出来ない。以前のように相談を受け付けていれば、それに紛れて入り込むことも可能かもしれないが、今ではそれも不可能だ。
「八方塞がりだなあ」
靖久が溜息を吐き、慌てて「諦めたわけじゃないよ」と続ける。
「私、神社へ行ってみます」
桐子が言うと、小百合が不思議そうに顔を上げた。
「何か策があるの? 危険な真似は駄目よ」
策など無い。けれど、じっとしていられなかった。待っているのはもう沢山だ。闇雲でもいい。行き当たりばったりでもいい。何か行動したかった。
「洞窟を探ってみます。小島先生が通った以外にも道がある筈ですから。行ってみる価値はあるんじゃないでしょうか」
そう言うと、小百合は怖い顔で桐子を睨んだ。
「冗談でも、そういうことを言わないで。お願いだから」
すみませんと頭を下げ、不自由だなと思う。他人の思いと自分の感情が相反した場合、どちらを優先するべきなのだろうか。
その時、桐子の鞄の中から、メールの着信を知らせる音が聞こえた。
「すみません……え?」
スマホを取り出し、電源を切ろうとした桐子は、画面を見て声を上げた。
「……嘘」
ショートメールの差出人は「Mitsugu Ichinose」、タイトルも本文も空白だった。
「貢……」
小百合が、崩れるように椅子に沈み込んだ。
電話を掛け直しても呼び出し音が続くだけで出ない。桐子は、ふと思いついて位置情報アプリを立ち上げた。見た事のない地図の上で光の点が明滅し、やがて消えた。
「GPS? これは貢の位置情報なの?」
小百合が尋ねる。以前、冗談でGPSを入れていいかと尋ねたらOKしてくれたのだ。
『迷ったときに迎えに来てくれるんだね』
そう言われて、屋外でしか反応しないことを言えなかった。迷子になるとしたら建物の中なのに。
「ここって……」
食い入るように地図を覗き込んでいた小百合が呟く。
「そうだな。やはりあの神社がある山だ。
GPSの
「もう一度行ってみるか」
靖久が車の鍵を手にする。眼が輝いていた。
「すぐに準備するわ」
小百合も頬を紅潮させて頷く。
「私も行きます」
桐子の言葉に、小百合が再び首を振った。
「駄目よ。危険かもしれないのだから」
桐子は顔を伏せた。私は待っているべきなのだろうか。安全な場所に留め置かれて、何も出来ないままで。
脳内で何かが戦っているようだった。どうすればいい。私は、どうしたい?
靖久は動かない。結論を待ってくれているようだった。長い時間に感じたけれど、実際は
桐子は立ち上がり、小百合と視線を合わせた。
「行きます。私は、一ノ瀬くんを見つけたい」
暫く沈黙していた小百合は、「仕方ないわね」と言って小さく笑った。
「頼むから、危険な真似だけはしないでよ」
そう言った小百合の肩を、靖久が抱き寄せた。
フィガロの後部座席は狭かった。
途中でガソリンを追加し、山道に入る。揺れに酔いそうになりながら、桐子は窓の外を眺めていた。
冷静でいなければいけないのだ。貢を助け出す為に。
いつの間にか夏は過ぎ去り、季節は秋に変わろうとしていた。
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