第4-3節:不条理な未来

 

 視線をコメット様へ向けてみると、彼は頬を真っ赤に染めながら唇を震わせて取り乱している。


 その反応を見る限り、やっぱりスノーの指摘は当たっているんだと思う。


「だっ、黙れッ、クソ猫!」


「にゃはは、やっぱり図星かっ♪」


「……殺す! 絶対に貴様を殺すっ!」


「まぁまぁ、落ち着きなって。リーシャに頼んで、またキミの動きを封じてもらうように頼んじゃうよ?」


「う……ぐ……」


 現時点における最大の弱点をかれ、コメット様は苦々しそうにしつつも矛を納めた。確かにコメット様とスノーがこの場で本気のケンカを始めたら、迷わず私は仲裁に入るだろうから。


 もっとも、コメット様を止めると同時にスノーにもお説教をするのは間違いないけど。


「もちろん、オイラはあの時点で『滅びの力』について何もかも知っていたけど、様子を見るだけが役割だから黙ってた。力が暴発したとして、どうなるか見てみたい気もゼロじゃなかったし」


「クッ、俺以上に性格が悪いヤツだ! 腹の中が真っ黒じゃないか!」


「で、話は戻るけどこれからどうする? リーシャ自身によって発動される『滅びの力』について知ってるヤツはこの世界にほとんどいないだろうから、当初のコメットのように殺しに来るやつもいるかもね」


 そうだ、スノーの言う通りだ。


 魔族か人間かそれ以外の種族かは分からないけど、滅びの力を危険視した存在が私の命を奪いにやってくる可能性は充分あり得る。もし私がその手に掛かれば、滅びの力が暴発してしまう。


 つまり私はそうした勢力からずっと逃げ続けなければならないんだ。




 …………。


 ずっと? それっていつまで? まさか……そんな……っ。


 ここで私はようやく重大なことに気付き、慌ててスノーに問いかける。


「ちょっと待ってください! 私もいつかは寿命を迎えるわけですよね? その時が来たらどうなるのですか?」


「うん、当然ながら力は発動するよ。だから遅くとも100年後くらいまでには、世界に滅びがもたらされることになるね。範囲はその時点での覚醒度合いによって変わるから、現時点ではまだ分からないけど」


「そんなっ! 不条理です!」


「世の中ってそもそも不条理なものだよ? せいぜい影響の少ない場所で死を迎えることだね。あるいは何らかの方法で寿命を延ばすとか、何かの中に封印されてキミ自身の時の流れを止めるか」


「…………」


 私は色を失って絶句した。だってどんな道を辿たどったとしても、待ち受けているのはバッドエンドしかないから。


 それならやっぱり覚醒の進行によって滅びの力が増す前に、なるべく影響の少ない場所へ行って私の命を絶つのがベターなのだろうか……?


 だけどまだコメット様と死別したくない。もっとずっと彼と一緒にいたい。たくさんの思い出を作りたい。


 そして神様に許されるなら……種族の壁を越えられるなら……コメット様との子どもだって……。


 私の目には自然と涙が滲んでくる。ぼやける視界の中でコメット様の方を見ると、彼も瞳から光を失って呆然としている。


 悲しみと重苦しさと沈黙に満ちた空気が場を包む。



 それから少しの間が空いたあと、スノーがわざとらしい咳払いをして私たちの注目を集めさせる。その表情には何か含みがありそうな感じがするけど……。


「んー、そろそろ言っちゃおっかな。でもなぁ……もう少し焦らして楽しみたいしなぁ……。このままだと面白くないしなぁ……」


「貴様っ! 何か知っているならさっさと教えろ!」


 業を煮やし、頭から湯気を立てて敵意をき出しにするコメット様。居ても立ってもいられない様子で、その場で激しく地団駄じだんだを踏んでいる。


 一方、スノーは白い目でその様子を見て頬を膨らませる。


「えぇーっ? それが何かを頼む時の態度ぉ? 最低でも土下座して、額を床に擦りつけるくらいはしてほしいものだよね」


「ぐ……足元を見やがって……くそっ!」


 直後、私たちの前には驚くべき光景が広がった。


 なんとコメット様はスノーが指示した通りの行動を取ったのだ。しかもそこに躊躇ためらいは全く感じられない。



(つづく……)

 

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