裏切り、賛美、告解
裏切り、賛美、告解、その全て
「勇者には、単騎で突撃してもらうのが最も良いと考えている」
ザカリア・ネヴェルがそう言う。仮説テントの中で行われている会議において、勇者をどのように参戦させるか、というのが議題だ。
ネヴェルと何名かの下士官は、勇者を単騎で行動させるべきだと考えている。
勇者に着いていける人間はいないし、勇者に武功を捕りやすくさせることで、全体の士気を上げる効果があると彼らは主張する。
対して、反対するのはネヴェルの親であるランドルフ将軍を中心とした戦場上がりだ。
単に最大戦力をぶつけたからといって状況が好転するほど戦場は甘くなく、最悪勇者を失うリスクまで抱えることはできないと彼らは言う。
彼らの脳裏には、今までの数多の兵士たちの死に様が浮かんでいる。
そこに勇者を加えてはならない。だからこそ勇者は最低四人以上で動かす遊撃隊という扱いにするべきだと言う。
しかしそれは、勇者の機動性を狭めることと同意である。
どちらにもリスクがあり、だからこそ議論は丁々発止……かと思えば、何度かのやりとりをした後、あっさりとネヴェルが引き、勇者は隊単位で動かすことに決まった。
ランドルフは、自分の息子のネヴェルが、並々ならぬ野心を持っていることに薄々気が付いていた。
そして、その牙が自分にも向かっていることを。
だからこそこの議論であっさりと引いたネヴェルの動きが意外だった。
……しかし、ランドルフはこの時までずっと、ある情報を知らなかった。
ネヴェルが勇者を襲おうとして失敗したあの日から、ずっと仕掛けていた罠。
数年越しのそれが、ランドルフも、王宮も、全てをまとめて引きずり込もうとしていた。
翌日昼、生憎の雨模様。
勇者が最前線へと向かう。
勇者と選び抜かれた精鋭四名が、その他の兵士と共にデリト砦を落としに行く。
デリト砦は地理的にも歴史的にも非常に多くの物を背負っている砦になる。
大陸のほぼ真ん中に位置するその砦は、いわば戦いの有利不利を示すものとも言える。その砦が魔物側に支配されているということ。
それはつまり、現状、大陸支配はほんの少し、魔物側に偏っていると言えるわけだ。
当然、この何百年続く戦争でのキーパーソンが持つ歴史も多い。この砦はいわば、戦の歴史そのものとも言える。
そんな堅固な砦を落としに行くのに、兵士の数は心もとない。
しかし、こと戦においては、多数を無勢で倒し切る、そんな人材がいるのも事実である。
勇者と呼ばれる、彼女である。
彼女を囲うように四人の精鋭が馬を走らせている。
それは勇者を守るためであり、しかし同時に、勇者の檻ともなっている。
その精鋭の内の一人が砦を指さした。
後ろに控える兵士達が昂る。
最前線を往く五人を乗せる馬が、段々と早足になる。
そう、攻城戦の始まりである。
初陣での勇者の顔は、いつも通り、暗く影を落としていた。
地上の砦攻めにおいて、最も重要なのは、どうやって門を開くかである。
当然、向こうは門を閉め、上から矢を放ってくる。
しかし、今回に限ってはその心配はなかった。
門の前まで辿り着いた勇者と精鋭一同。勇者は降ってくる矢をそのまま弾き飛ばし、精鋭達は小型の盾と剣で防ぎきっていた。
勇者がその拳を振るう。勇者が力のみに全力をかけるならば、剣などはもはや枷にしかならない。故に拳。
フルスイングで突き出された拳は、門を突き破り、刺さる。
その拳を抜く。そのまま、砦の門が歪む。
そして、空いた穴に手を突っ込むと、思い切り門を開く。いや、開くというよりは壊すといった方がまだ状況に近いだろう。
馬三頭分ほどの幅を開けて、門は完全に沈黙した。もはや閉じることは出来ない。
勇者と精鋭の五人は、馬から降りて砦へ入る。
精鋭の内一人が、ルーアに話しかける。
「この砦には欠点がある。設計時からのミスだ。三階の南側の部屋。そこを占領すれば、俺達が勝てる」
「どうして、それを私に?」
「……ま、俺達全員が無事、その部屋に辿り着けるとは思っていねぇよ」
そこまで言うと前を向く。砦の中から、大小様々な魔物が、武器を手に襲いかかってきたところだった。
結局、勇者は一人でその部屋の前に立っていた。
精鋭の四人は一人、また一人と倒れていった。
ある者は奇襲で、ある者は罠で。
今も砦の中では絶えず悲鳴と金属音が響いている。
勇者はその音の何も意に介さず、扉を開け放つ。
中には、一人の女性がいた。
白銀の長髪を流し、真っ赤な眼でこちらを見ている。
ルーアは油断していなかった。
勇者としての感性を全て目の前の相手に向けて、一挙一動見逃すまいと凝視していた。
にも関わらず、彼女には見えなかった。
彼女が知覚するより速いスピードで、その白銀の女性は彼女を蹴り飛ばした。
その威力は凄まじく、ルーアは壁を突き破り、砦の外まで飛ばされた。
「しまった、やり過ぎた……」
そう白銀の彼女は呟き、砦に空いた大穴からルーアの姿を見る。
「……生きてる?まさか。
……ああ、いや、そうか。勇者か」
白銀の彼女ははっきりと、ルーアを、勇者を見た。
彼女は砦から降りると、平野でくたびれているルーアの元へ近付く。
ルーアは一瞬、意識を失っていた。
常人なら死ぬほどの一撃をくらい、それでも意識を数秒途切れさせるだけで終わったのは流石勇者としての資質だろう。
今自分がこうやって倒れている原因、目の前の白銀の髪を見て、彼女は逃げ出した。脱兎のごとく。
全力で戦場から離れていった。
その様子を一人の兵士が見ていた。
その兵士の目には、勇者という存在が、戦場を離れ、魔物の住む領域へと向かっていったかのように写った。
勇者が、裏切ったと。
攻城戦は失敗した。
生き残った兵士達は口を揃えてこう言った。
「勇者が、裏切った」
その責任は、作戦立案者である将軍へと向かうことになる。
そして勇者に裏切られた兵士達は、一部を残して王宮へと一時帰還することになった。今回の戦争は大失敗に終わったという、屈辱を残して。
帰る兵士達の中に、まことしやかに囁かれる噂がある。
「王宮の誰かが、勇者に毒を盛り、いたぶった。それが勇者が魔物側に行った原因だ。勇者は、王宮にいるクズどもに追い出されたんだ」
その全ては、おおよそネヴェルの作戦通りである。
ネヴェルはいくつかの情報をコントロールしていた。デリト砦が危険であるということ。勇者が逃げ出す、もしくは裏切るだけの理由を作ったということ。
それらの情報を上手くコントロールし、自分の父である将軍ランドルフ、そして王宮にいる大臣、王どもに対する不満を敗戦兵に与えた。
王宮に帰った時、将軍にも、敗戦兵にも侮蔑の目が注がれるだろう。
そしてその時、ネヴェルが表舞台に立ち、敗戦兵を率いて革命を起こす。
もはや全ては彼によって決められていた。
二ヶ月後、王宮前の広場に王の首が飾られた。
実の父に化け物と呼ばれた人間が、王国中からの賛美を浴びて王冠を被ったのは、その三日後だった。
あとがき
連続投稿も終わりかぁ……
なんとかかんとかここまで書けました。あとは沢山評価感想がつけば万々歳ですね。ぜひとも読んでくださった方、ポチポチしてくださると幸いです。
次の話、も出来るだけ早め(三、四日以内)に出したいですね……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます